⸻「家族間の問題」だけで説明できる事案だったのだろうか⸻463日
ここまでの経過を振り返ると、私は改めて一つの根本的な疑問を持つようになった。
本件は裁判において、「家族間」の財産問題として整理された。
しかし、現在までに明らかになってきた事情を踏まえると、その言葉だけでは問題の本質を十分に表していないのではないかと思う。
なぜなら、本件で問題となってきた財産について、
そもそも、どこまでが長男本人の自由に処分できる財産だったのか。
その前提自体に、未整理の問題が残っているからである。
「家族間の問題」であることと、
「長男の自由財産を家族が取り合っていること」
は同じではない。
本件では、祖母から始まった財産承継、親族間に残された債務、預貯金、不動産、過去の財産管理、そしてそれぞれの親族への精算という複数の問題が存在してきた。
これらがすべて処理された後に、初めて、
長男本人に最終的に帰属し、本人が自由に処分できる財産はいくらなのか。
という問いに答えることができるはずである。
つまり、本来確認すべき順序は、
親族間に残された財産・債務関係を確認する。
その帰属と負担を確定する。
必要な返還・支払い・精算を行う。
その結果として本人に残った財産を確定する。
そして初めて、その財産について本人が将来どのように処分するのかを考える。
というものではなかったのだろうか。
ところが現在、さらに別の問題が生じている。
本人自身の生活と財産管理の問題である。
四男からの説明によれば、長男は緊急入院し、判断能力が低下している状況にあり、今後は老人ホームへの入所を前提として生活環境を整えていく方向で話が進んでいるという。
さらに、本人の財産を今後誰がどのように管理するのかについても、家族間で協議が始まっているとのことである。
もちろん、私はこの説明だけから、本人の判断能力について医学的・法的な結論を出すつもりはない。
現在の本人の状態を、そのまま過去の裁判当時へ遡らせることもできない。
しかし、この状況によって新たな問いが生じたことは確かである。
それは、
「誰が財産を取得するのか」を議論する前に、「そもそも本人の財産とは何なのか」、そして「その財産を本人のために誰がどのように管理するのか」を確認する必要があるのではないか。
という問いである。
この点で、7月28日に私が市役所へ行った際の出来事は、一つの転換点になった。
私は成年後見制度を利用したいとして相談したわけではない。
相談書には、
「財産を争いたいのではなく、本人保護の観点から相談したい。」
という趣旨を記載した。
その相談内容を確認した市役所から、成年後見制度について説明があり、その判断において医師の診断書が重要になるとの説明を受けた。
ここで私は初めて、本件には従来とは異なる制度上の入口が存在する可能性に気付いた。
これまで中心にあったのは、
誰が何を相続したのか。
誰が誰に支払うべきなのか。
不動産は誰に帰属するのか。
将来誰に財産を承継させるのか。
という問いだった。
しかし本人保護という視点に立てば、その前に確認しなければならないことがある。
本人は、自分が現在どのような財産を持っているのか把握しているのか。
本人名義の財産の中に、親族間で未精算の財産や債務は残っていないのか。
本人の預貯金その他の財産を、現在誰が、どのような根拠によって管理しているのか。
本人自身は、その管理状況を理解し、同意しているのか。
今後の生活費、医療費、老人ホーム等の費用をどのように確保するのか。
そして、
重要な財産処分について、本人自身の意思をどのような方法で確認するのか。
という問題である。
ここまで来ると、本件を単純に、
「家族間の財産争い」
と表現することには、私は違和感を覚える。
家族間で争っているから本人保護が不要になるわけではない。
また、本人名義になっているから、その財産すべてが直ちに本人の自由処分財産になるわけでもない。
まず過去の財産関係を整理し、他人に帰属するもの、返還すべきもの、支払うべき債務があるのであれば、それらを切り分ける。
そのうえで本人に残る財産については、何より本人自身の生活と保護のために確保する。
そして、それでもなお本人の自由財産として残るものがあるのであれば、その段階で初めて、本人が将来誰に何を残したいのかという問題を考える。
私は、この順序が重要なのではないかと考えている。
だから現在の私が確認したいのは、
「誰が最後に財産をもらうのか」ではない。
その一つ前である。
本人の財産は何なのか。
さらにその一つ前、
過去の親族間の財産・債務関係は、本当にすべて精算されているのか。
そして同時に、
本人自身は現在、適切に保護され、その意思を確認できる状態にあるのか。
という問題である。
市役所から成年後見制度や医師の診断書について説明があったからといって、直ちに成年後見制度を利用すべきだということにはならない。
診断の結果、本人に十分な判断能力があると確認されるのであれば、それも重要な結論である。
その場合には、本人自身の意思を尊重しながら、財産関係を整理していけばよい。
反対に、本人保護のために何らかの支援が必要だと判断されるのであれば、その時点で適切な制度を検討すればよい。
私はどちらかの結論を先に求めているわけではない。
必要なのは、確認である。
振り返れば、本件では長い間、
「家族間の問題」
という言葉が使われてきた。
しかし現在、私はその言葉をもう一度問い直している。
家族間の問題だったとしても、
その財産が誰に帰属するのかという問題は残る。
家族間の問題だったとしても、
本人の財産を保護する必要性はなくならない。
家族間の問題だったとしても、
本人の判断能力や意思確認が不要になるわけではない。
そして何より、
「家族間の問題」という言葉だけで、未精算の財産や債務まで本人の自由財産に変わるわけではない。
だからこそ、私はこの問題をもう一度、入口から確認したい。
過去の財産関係を確定する。
債務を確定する。
本人に本当に帰属する財産を確定する。
本人の生活と財産を保護する。
本人の意思を確認する。
その後に、残った自由財産の将来を考える。
この順序である。
7月28日の本人保護相談は、私にとってその視点に気付くきっかけとなった。
それまで私は、
「この財産を最終的に誰に帰属させるのか」
という問題を考え続けていた。
しかし今は違う。
その前に確認すべきことがある。
これは本当に、本人が自由に処分できる財産なのか。
そして、
その本人は今、本当に適切に保護されているのか。
現在の私は、この二つの問いを確認しないまま、将来の財産承継だけを先に決めるべきではないと考えている。
