【100名城 城郭検定の旅-9】兵庫県ー三木城ー「兵糧攻め」の凄絶な歴史を刻む要塞
こんにちは!親子でお城巡りと城郭検定の勉強に励んでいるマグネシウムです☆
前回ご紹介した「上月城」の運命を大きく変えた場所であり、戦国史上最も過酷な包囲戦が行われた場所。それが今回訪れた「三木城」です。
現在は上の丸公園として整備され、穏やかな空気が流れていますが、ここはかつて「三木の干殺し(みきのひごろし)」と呼ばれる、2年近くにわたる壮絶な籠城戦の舞台でした。
ということで、「豊臣兄弟」の時代が迫りくる中、両親もずっと行きたいと言っていたので、一緒に行こう!ということになったのですが、車中の後部座席は父(じぃじ)と息子の知恵比べ(笑)合戦となっていました☆

1.「三木の干殺し」:22ヶ月の籠城戦
三木城主・別所長治が織田信長に反旗を翻したことから始まった「三木合戦」。 羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)がとった策は、力攻めではなく、敵の食糧を断つ「兵糧攻め」でした。
城内では草木や牛馬、ついには……と語り継がれるほど食糧難に陥りました。城内を歩くと、別所長治が領民や家臣の命と引き換えに自害を選んだという、悲しくも潔い結末が胸に響きます。
2.みき市歴史資料館
歴史好きの両親とともに、カーナビに「みき市歴史資料館」と入力して出発!

みき歴史資料館では、資料展示のほかに、職員の方にお声をかけると、美樹合戦の動画も視聴することができました☆ 入館料は無料です!



「豊臣兄弟」では、この、「三木合戦」も描かれるのかと思われますが、竹中半兵衛(菅田将暉さん)が居なくなるのは寂しいな、、と思ったマグネシウムでした。。
三木合戦についての学習をし、駐車場からほど近い、本丸に向かいます。
3.いざ、三木城本丸へ
三木城は「平山城」に分類されますが、実際に歩くとその防御力の高さに驚きます。
別所長治像: 23歳という若さで散った城主の像。そして、辞世の句「今はただ うらみもあらじ 諸人の いのちにかはる 我身とおもへば」。



上の丸からの眺望: 美嚢川(みのがわ)を見下ろす断崖絶壁の上にあり、攻めにくく守りやすい地形であることが一目でわかります。

かんかん井戸: 籠城戦において最も重要だった「水」。現在も残るこの深い井戸は、当時の切実な状況を伝えています。





4.クイズ:三木城編
三木合戦は秀吉の出世街道における重要なポイントとして、クイズです☆

2問です☆
正解は、一番最後に載せてあります☆
【問1:基本】 羽柴秀吉が三木城を包囲する際、周囲に築いた数多くの小さな砦のことを何と呼ぶ?
【問2:人物】 秀吉の軍師として三木城攻めの策を練り、籠城側を追い詰めたのは誰?
5.まとめ
上月城で見捨てざるを得なかった尼子一族と、三木城で散った別所一族。 同じ兵庫県の空の下で、戦国時代の「非情さ」と「武士の意地」の両方を感じる旅となりました。
息子も、別所長治の辞世の句の意味を知り、お城にはただカッコいいだけでなく、人々の願いや覚悟が詰まっているのだと学んだようです。
三木市は「金物の街」としても有名なので、お時間あればとなりの金物資料館に立ち寄ってみてもよいかもです!
最後まで読んでいただきありがとうございました! 歴史を知ると、ただの公園の景色も違って見えてくるから不思議ですね。 「スキ」やフォローで応援いただけると、とっても嬉しいです☆

【クイズの答え】
付城(つけじろ)(三木城の周りには30以上の付城が築かれました)
竹中半兵衛(半兵衛は三木合戦の最中に病没しています)
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