【100名城 城郭検定の旅-10】兵庫県ー福原城ー秀吉を苦しめた「一族の絆」と悲劇の物語
こんにちは!親子でお城巡りと城郭検定の勉強を続けているマグネシウムです☆
前回、前々回と「上月城」「三木城」をご紹介しましたが、播磨攻めを語る上で忘れてはならないのが、兵庫県佐用町にある「福原城(ふくはらじょう)」です。
観光地として有名な大きなお城ではありませんが、ここには戦国時代の「選択」と「情愛」が詰まった、切ない歴史が眠っていました。

1.秀吉の軍師・竹中半兵衛との意外な縁
福原城主・福原助就(ふくはらすけなり)は、実は秀吉の軍師として名高い竹中半兵衛の義理の弟(または親族)にあたると言われています。
織田軍が播磨に侵攻してきた際、半兵衛は説得を試みますが、福原氏は義理を重んじて毛利方に留まり、籠城を決意します。知略の限りを尽くした半兵衛が、身内を敵に回して戦わねばならなかった——。そんな背景を知ると、ただの城跡が急に色鮮やかに見えてきます。
2.城歩きの見どころ
現在は登山道が整備されており、本丸まで登ることができるようです。

マグネシウムは車で向かいまして、こちらの案内板から入りました。
その先に、行くと、石段が。





麓の福原氏累代の墓: 落城の際に自害した一族が眠る場所。歴史の重みを感じ、思わず手を合わせました。
3.クイズ:福原城編
少しマニアックな場所ですが、播磨の戦国史を理解する上で重要なポイントなので、ここでクイズです!

3問です!
正解は、一番最後に載せてあります☆
【問1:人物】 福原城を攻めた羽柴秀吉の軍師であり、城主・福原助就と縁戚関係にあったとされる「戦国の知将」は誰?
【問2:構造】 福原城のように、山頂付近に主郭を置き、尾根伝いに曲輪を配置した山城によく見られる、斜面を掘り切って敵の横移動を防ぐ遺構を何と呼ぶ?
【問3:歴史】 福原城が落城した後、その旧領である佐用一帯の支配を任された、後に「黒田官兵衛」とともに秀吉を支えることになる武将は誰?

4.まとめ
播磨の山城巡りは、知れば知るほど一つ一つの点がつながり、壮大なドラマを見ているような気持ちになります。。
こちらのウォーカームックもとても参考になりますよ!
特に、第3章 天下を分けた中国攻め の章が参考になります☆
こちらを見ていただくと、上月城、三木城、そして、福原城も地図上に出ています!

最後まで読んでいただきありがとうございました!
「あまり知られていないけれど、ストーリーがあるお城」を探すのも、お城巡りの醍醐味ですね。 「スキ」やフォローをいただけるととっても嬉しいです☆

【クイズの答え】
竹中半兵衛(重治)
堀切(ほりきり)(山城の基本遺構として検定によく出ます!)
蜂須賀小六(正勝)(秀吉の最古参の家臣の一人です)
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