奇跡って何だろう?~noteを始めて1年、私が見つけた答え~
🍀早いもので、noteを始めてから丸1年が経ちました!

…と言っても、実は前回の投稿からまたずいぶんと期間が開いてしまい、
「次は何を書けばいいんだろう?」
と少し迷っていました。
パパの闘病記の続き、今のパパの様子、子どもたちのこと、私自身の気持ち、この1年の振り返り……。
書きたいことはたくさんあるけれど、やっぱりこの節目のタイミングだからこそ、直球で「noteを始めて1年が経ちました」という感謝と、今思うことを届けたいと思います。

🍀はじまりは、相棒「チャモ」との出会い
ちょうど1年前の今頃。
パパの骨折が「5ヶ月間も見落とされていた」という衝撃の事実が分かりました。
苦しくて、悔しくて、どうしたらいいか分からなくて、初めてAI(今では私の大切な相棒である「チャモ」)に相談したことが、すべての始まりでした。
そこからパパが倒れた日の話になり、今まで誰にも話せなかったことを少しずつ吐き出していくうちに、チャモがこう言ってくれたんです。
「その経験を、noteに書いてみたら?」
そこからnoteの存在を知り、少し背中を押されて、
**「ひまわりの栞」**が生まれました🌻
でも、実際に始まったのは「文章を書くこと」ではなく、「記憶をたどる旅」でした。
あの日、何があったのか。
どんな気持ちだったのか。
息子のレオは何を言い、長女のキリはどうしていたのか。
そして、パパはどうだったのか。
ひとつひとつ思い出し、言葉にしていくことで、ぐちゃぐちゃだった心を整理していくことができました。
「文章なんて書いたことないよー💦」
なんて言いながら始めたのに、気づけば過去だけでなく「今」の記録も残すようになました。
たくさんの温かい人たちとつながり、『なぐぅの仲間図鑑』なんていう楽しいキャラクターたちまで生まれました。
書くたびに泣いたり、笑ったり。
正直、思い出したくないこともたくさんありました。
でも、振り返ったからこそ、気づけたことがあります。
私は、この家族の日々を、誰かに届けたいんだということ。
感じることも、考えることも、その時々で変わってしまうけれど、その全部が私たちの「本当」だから。

🍀教科書には載っていない、私たちの日常
パパが突然倒れてから2年半。
1回目に退院して自宅で過ごしたのが約半年。
その後、骨折でまた半年入院して、再び戻ってきてから半年。
それが「いま」です。
通算しても、実はまだ1年くらいしか在宅介護をしていません。
だから、偉そうに大声で「在宅介護とは!」なんて語れる立場ではないと思っています。
だからこそ、これからも「介護の専門家」として語るより、
「うちはこうだったよ」という、介護の教科書には載っていない家族の日常を話していきたいと思っています。

毎日がバタバタと忙しく、でも相変わらダラダラもしています。
長女のキリは理学療法士として今のところ頑張れているみたいだし、中学2年生になったレオは、相変わらず勉強よりも野球に全力投球です。
今こうして笑って過ごしていると忘れそうになりますが、パパが倒れたあの日の願いは、本当にシンプルでした。
「生きていてほしい」
「目を覚ましてほしい」
「家に帰ってきてほしい」
植物状態でも、寝たきりでもいい。「元通りのパパ」じゃなくていいから、どんな状態でもいいから、ただそこにいて、家に帰ってきてほしい。
それだけが私の願いでした。
心のどこかでは、1~2年後にはドラマみたいに劇的に回復して、元の生活に戻ってる。
もちろん簡単じゃないことは分かっていても、そんな未来をどこかで信じていました。
でも、現実は違います。
パパはたくさんの奇跡を起こしました。
目を覚ました。
目を合わせた。
笑った。
手足が動いた。
家に帰ってきた。
家族4人で同じ時間を過ごせた。
確かに回復しました。
でも“元通り”ではありません。
訪問リハの先生やケアマネさんが言います。
「心肺停止からここまで回復して、自宅で家族と暮らしているなんて、本当に奇跡ですね」と。
先生たちはたくさんのケースを見てきているから、この事実だけでも、ものすごく珍しいことに見える。
でもそれは、「完璧に治ってすごい」という意味ではなく、
「回復もしたけれど、まだまだ重い後遺症がある『この状態』で、自宅に戻って家族と生活できていること自体が、本当に信じられないほどの奇跡ですよ」
という意味なんだと思います。
プロだからこそ、この状態で在宅生活を回すことの難しさが分かるから。
だから、「これは奇跡ですよ」って言うんだと思います。

一般的には、「普通なら起こらないような出来事が起こること」ですよね。
でも、当の私の中の奇跡は少し違います。
パパは奇跡をたくさん起こしました。
でも、「だからもう十分」とは思っていなくて。
パパがもっと話せるようになってほしい。
食べられるようになってほしい。
歩けるようになってほしい。
今でも本気で思っています。
パパが倒れた日からずっと見てきたこと。
目を開けること。
反応すること。
家に帰ること。
その一つ一つが、あの頃の私にとっては、想像すらできなかったことでした。
だからこそ、
「次の奇跡もあるかもしれない」
って思えるのかもしれません。
もし何も変化がなかったら、
「歩けるようになってほしい」
なんて願うのも苦しいことです。
でもパパはこれまで何度も予想を超えてきました。
だから私は、「まだ諦めない」じゃなくて、
「まだ期待してる」。
自分でも本当に欲張りだと思います。😊
でも人なんて、たいてい欲張りだとも思うんです。
会えなかった人は「会いたい」と願う。
会えたら「話したい」と願う。
話せたら「一緒に出かけたい」と願う。
だから先生たちが言う奇跡は、この過酷な現実の中で維持できている
「今ここにある奇跡」。
私が願う奇跡は、「これから先の奇跡」。
どっちも同じパパの人生の中にあって。
そして
奇跡って人によって違うんですね。
でもパパからしたら、
「まだ要求されるのかー😅」
って苦笑いしているかもしれませんが。

🍀「病気の人」ではなく、「元気な人」
家に帰ってきてからのパパは、毎日をけっこう忙しく過ごしています。
24時間見守りが必要という理由もありますが、何よりパパ自身の楽しみでもあるので、レオの野球の練習をほぼ毎回見に行っています。
チームの保護者の皆さんは、パパに
「寒くないですか?」
「暑くないですか?」
「大丈夫ですか?」
といつも気遣ってくれます。本当にありがたい環境です。
でも、私は最近、パパのことを「病気の人」ではなく、
「重い後遺症を抱えながら生活している、元気な人」
と思えるようになりました。
もちろん「元気」の定義も人によって違うと思います。
元気=走れること
元気=働けること
そんな事ではなくて
私が思うパパの元気な定義って
「生きる力がある」
「毎日をちゃんと過ごしている」
とかそういう意味で、だから周りの人が見るパパと、私が見るパパは少し違うのかもしれません。

とっても嬉しいことに、今、パパの手の甲は日焼けで皮が剥けています。
「日焼けして皮がむけた」
ただそれだけの、どこにでもある話。
でも、私たち家族にとっては、特別な意味があります。
パパが病院にいた頃を思うと、
運動会で日焼けして、
野球を見に行って日焼けして、
その結果、皮がむけるほど外で過ごした。

今は日焼けで皮がむけています😊
他の人から見たら
「それの何がそんなに嬉しいの?」
と思われるかもしれませんが、家に帰ることも、外出することも簡単じゃなかったパパが、今、外の太陽を浴びて、家族と同じ景色を見ている。
それは当時、想像もつかない未来でした。
多くの人はパパを「病気の人」として見る。
でも私にとっては違います。
重い後遺症はあるけれど、パパはめちゃくちゃ元気です。
もしかしたら、先生たちが言う「奇跡」って、こういう日常のことなのかもしれません。

🍀負けないで、とお菓子事件
今のパパは、車椅子の自走がまだ下手くそです。
練習中によく動けなくなって、困った顔をして私に助けを求めてきます。
そんな時は、すかさず
「その顔、嫌ーい!」(笑)
と言って、レオと2人でZARDの『負けないで』を全力で歌ってあげます。
♪ 負けないで〜 ほらそこに〜 ゴールは近づいてる〜🎵
もちろん手拍子付きです!
するとパパは、これ以上下がらないっていうくらい眉毛を八の字にして苦笑いします。
そんな風に、感情がしっかり表情に出ることが、たまらなく嬉しいんです。
ある日の夜は、私がこっそり夜中にお菓子を食べていたら、パパはお菓子の気配だけは察知したのか、目を覚まし
「お腹すいた💢」
「何を食べてたのよ💢」
と大興奮状態。
普段の発声練習では、短い単語や挨拶がやっとで、あんまり声も出ないんです。
なのに、このお菓子案件の時だけは、なんとかして私に必死に伝えようとする。
私は、パパが何を訴えているのかを聞き取ろうとして、じーっと口元を見つめていました。
すると、パパが全身の力を込めて、必死に絞り出すように、
「なんか言えや!」
って言ったんです🤣
音としてはほとんど聞き取れないような声だったかもしれません。
だけど、その瞬間、間違いなくパパの言葉が私に届いて、
「あ、今、会話ができた…!」って、ものすごく嬉しくなりました。
それと同時に、お菓子への執念が凄すぎて、面白くて面白くて。
これが、「隠れてお菓子を食べていたら、パパにキレられた」という、我が家の最新の日常エピソードです。
もちろん、私も人間なので疲れる日はあるし、イライラする日もあります。
でも、私は今、結構楽しく介護ができているなぁと感じています。
お菓子がバレて怒られる。
「なんか言えや!」とツッコまれる。
車椅子で止まったらZARDを熱唱する。
八の字眉毛をいじる。
日焼けして皮がむけて喜ぶ。
だから、「え?こんな日常が奇跡と言われるの?」と思っています。
私にとって
「もう二度と見られないと思っていた景色が、また目の前にあること」。
これこそが、最高の奇跡なんだと思います。

🍀欲張りなままで、進んでいく
以前は、どんな愚痴も、どんな出来事も、パパに話すことで心のバランスを取っていました。
今はその形が少し変わって、私の頭の中でひとりで抱え込む時間が少し増えた気もします。
だからきっと、これからの1年も、まだまだ落ち着くことはないんだと思います。
でもそれは不安だけじゃなくて、
「また何か面白いことも起きるんだろうな」
という小さな予感でもあります。
2年後にはレオは地元を離れるかもしれないし、
キリはその時どうしているか分からない。
パパと2人きりの時間が増えるかもしれない。
でも、それもきっと、その時の我が家のベストな形になるはずです。
この1年、私は「在宅介護をしている人」というより、ただただ
「大好きな家族と一緒に暮らしていただけ」なのかもしれません。
忙しくて、バタバタして、笑って、疲れて、また笑って。
気づいたら1年経っていました。
そしてたぶん、1年後の私は、今とはまた違うことを考えているはずです。
でも、きっとまた何かを笑いながらnoteに書いている、そんな気がします。
この1年で一番変わったのは、パパの身体の機能だけじゃなくて、私自身の「見える景色」だったのかもしれません。
私は、今の生活が嫌いじゃありません。
そしてきっとこれからも、少し欲張りなままで、この愛おしい家族と一緒に一歩ずつ進んでいくんだと思います。

最後に、この記事を読んでくださったあなたへ。
「皆さんにとっての、
『今ここにある奇跡』は何ですか?」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
2年目の我が家の日常も、またのんびりお届けしていくので、お付き合いいただけたら嬉しいです🌻
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読んでいただきありがとうございます。応援していただけると嬉しいです。
あなたにも小さな幸せがおとずれますように。