岩手県盛岡市~古代エジプト
・街をぶらり散歩中に盛岡に古代エジプトを発見。中央通り日影門緑地隣のライト写真館。昭和4年(1929年)に竣工したこの建物は逸見米雄の設計。南側は急な勾配のボールド屋根・北側はバタフライ屋根。他にもブロックガラス・ステンドグラスで飾られ、当時としてはかなり斬新な設計であることがわかる。
この擬洋風建築の写真館入り口に古代エジプト・女神風のレリーフ(浮き彫り)。どうしてこのモチーフを選んだのか?
写真館の店主を訪ねて聞けばわかるかもしれないけれども妄想してみる。
まずは大英博物館のサイトでエジプトにかかわる壁画や彫像の画像を探す。キーワードは椅子に座る女性でお皿に鳥が乗っているもの。程なくして似ている彫像を見つけた。彼女の名前は「MuT(ムト)」。今度はムトで画像検索。すると、アモンの神の妻でもあるとの記述。お皿と鳥も表現されている。
ライト写真館のレリーフのお皿と鳥はもしかしてヒエログリフ(神聖文字=古代エジプトで使われた文字の一種)ではないかしら?今度はヒエログリフも検索条件に付け加えて調べてみたらやはり彼女は偉大なる王妃ムトと書かれている。
ここまで結構な時間がかかったのでいささか乱暴ではあるけれども彼女をムトと見ていいのではないだろうか。
さて、ムトとは?エジプト神話の女神。古代エジプトではアモン神は必要不可欠な存在「寄り添う者」という意味。もともと自己主張はない神だそうで、強いムト女神を頼って妻にした。
ではどうして写真館の入り口を飾ることになったのか。ムトはいろいろな女神としての別称もある。「太陽の母」や「ラーの目」がそれである。
太陽神=ラーは男であるとされていたけれども、太陽神は男神よりも女神の方が主流であると考えられることが多く、それがムトではなかったのかという説もある。日本神話の天照大神も太陽神で女神と思えばそのような気もしてくる。
最初の頃はウァジェトと呼ぶ月の目。その後にラーの目と呼ばれた。よく聞く古代エジプトのシンボル。ラーは太陽神であり、古代エジプト人は太陽の昇り沈みとともにラー自体も変形すると考えた。日の出のときはタマオシコガネの姿のケプリとして現れ、日中はハヤブサの姿をして天を舞う。何気にこの建物の東側にある“鳥”のステンドグラスもハヤブサと思えば符合してくる。
さて、なんだか話がそれてしまったけれども、実は私なりのキーワードがあったりする。太陽を露出。目をレンズと置き換えると写真に必要な要素。そこで、この写真館ではムトを写真にかかわる重要な女神として入り口においてあるのではないだろうか。
推理はしてみたものの本当はどうなのだろう?ライト写真館を訪ねてみた。
「すみません。父も、主人も今は亡くなってどういう意味で作られたかはわからないんです。たった今、質問されるまでは疑問に思ったことはありません。こんなことなら聞いておくんでしたね」。そこで私の妄想をお話しすると、「そういう考えもあるのですね」。と、微笑む奥様。謎は謎のままが良いのかも。
