アイヌは存在しない?罰則なき差別が繰り返される社会の実態
HTB北海道テレビはドキュメンタリー『アイヌとヘイト~文化振興の陰で~』『北海道fact『差別に抗うのは誰か~先住民族アイヌとマジョリティー~』を放送し、YouTubeでもその放送を視聴することができます。今回、投稿主はその2本を拝聴しました
北海道fact『差別に抗うのは誰か~先住民族アイヌとマジョリティー~』
これらの作品を視聴したとき、投稿主は深い傷を負いました。私は琉球民族でもアイヌでもない、いわゆる和人(大和民族)です。しかし、だからこそ、同じ和人として、マイノリティの方々に向けられる差別や偏見、ヘイトの構造を目の当たりにすることは、決して他人事では済まされないのです
問題の基本構造に罰則の欠如が生む常習性
日本社会における最大の問題は、マイノリティに対する差別や偏見、ヘイトに実効的な罰則が伴っていないという点です。客観的事実として、和人の中には、罰則がないことを根拠に、これらの行為を常習的に繰り返す者が存在するのです
これは抽象論ではなく、私自身が2010年代に成人として社会に出てから今日に至るまで、実際に複数の和人から差別や偏見、ヘイトの標的にされた経験から語れる事実です。平成から令和へと時代が変わっても、この構造はまったく変わりませんでした
被害が発生してから何が起きるか
差別やヘイトが実際に発生した場合、どのような流れで事態は進行するのでしょうか。まず、マイノリティである被害者は、誹謗中傷や名誉毀損という形で攻撃を受けます。私自身、数少ないマイノリティの一人として執筆の世界で活動してきた中で、活動外で過ごしていた時に、和人から何度もこのような被害を経験しました
次に、被害者は反応を迫られますが、罰則がないために泣き寝入りせざるを得ないケースが圧倒的に多いのです。仮に無反応を続ければ、加害者側は「何も起きなかった」と認識し、さらに攻撃をエスカレートさせます。ここには自動的な是正機能も、外部への緊急連絡が確実に機能する仕組みも、事実上存在しません
表現の自由との混同。守るべき違いとは
この問題を語る上で避けて通れないのが、「表現の自由」という言葉を盾にする議論です。日本国憲法第21条は表現の自由を定めていますが、それが差別やヘイトの免罪符になるわけではありません。表現の自由はあくまで、他者の人権を侵害しない範囲で認められるものです
ところが現実には、「表現の自由だから何を言っても構わない」という誤った解釈のもと、マイノリティに向けた格差や偏見、差別、ヘイトが公然と行われています
これは表現の自由ではなく、明確な犯罪そのものです。両者は決して混同されてはならないのです
なぜこの問題は解決されないのか
では、なぜこの問題は長年にわたって放置されているのでしょうか。背景には、多数派である和人の国民性や愛国心が、時にマイノリティ排除の方向に作用しやすい構造があると投稿主は主観的に見えています
現在の日本に於いて、保守政党や右派政党、さらには極左、極右、右翼、左翼などの集団や組織が世間を席巻する時代に変化。その中で、「マイノリティが日本で生きてはならない」「マイノリティは私たちの考え方と愛国心で生きろ」と押し付ける風潮が強まっています
これは決して許されることではありません。平和とは、格差も偏見も差別もヘイトもない公平な社会でこそ成り立つもの。平和国家とは、その原則を重んじ、法律と罰則によって、国籍や永住権を保有する全ての人々が厳守するよう自治体から国家が監督する責任を負っているのです
具体的な行動、選挙という選択
このような状況の中で、投稿主個人が実践している具体的な行動があります。それは選挙権を行使する際に、期日前投票制度を活用しながら、「公平」という基準を最優先に1票を投じる客観的判断することです
政策実現や法制化、制度化を約束する政治団体や政党が、本当に公平な社会を目指しているのかどうかを、客観的な視点で見極めた上で1票を投じています。謙遜に言うと、選挙に行かない和人の方々には、権利を持ちながらそれを行使しないという時点で、自らの意志を社会に反映させる機会を自ら放棄しているという事実を自覚すべきです
誤情報と誤解への対処
SNSなどでは、「日本にはヘイトスピーチ規制法があるから問題は解決している」とか「マイノリティが過敏に反応しすぎている」といった意見をしばしば見かけます。しかし実際の事実は異なります
ヘイトスピーチ規制法には実効的な罰則がほとんどなく、繰り返しの抑止力にはなっていません。また、「和人は差別とヘイトが大好きだ」という表現は過激に聞こえるかもしれませんが、これは投稿主の辛い経験の中で何度も現認してきた事実に基づく表現です
もちろん、全ての和人がそうであると言いたいのではありません。しかし、罰則がないことをいいことに、常習的に差別行為を繰り返す和人が現に存在するという事実は、動かしがたいのです
倫理的な注意と本来の目的
ここで一つ、明確にしておかなければならないことがあります。本稿は、和人全体を憎むために書かれているわけではありません。投稿主は怒りを通り越した憎しみの爆発を経験しながらも、それでもなお、真っ当で人々を平等ではなく「寛大的な公平」で扱う和人に対しては、その思いを伝えたいと願っています。差別やヘイトを絶対にやめてもらいたい。その一心で、今回の投稿を強行しているのです
また、投稿主自身が数少ないマイノリティであることを全ての方々に説明するわけにはいきません。なぜなら、それを説明すること自体が、精神的に痛烈なダメージを負うリスクと危険を伴うからです
その説明ができるのは、真っ当で寛大的な公平を持つ和人、そして琉球民族、アイヌ、海外籍の方々に限られるということを、どうかご了承ください
世界と公平に生きるために
今回の投稿を通じて、投稿主が最も伝えたいことはただ一つです。世界から見られている大和民族の国民性は、今、大きく信頼と信憑と信用を落としています。その事実を自覚し、真っ当で寛大的な公平を持つ日本国籍者として、世界と公平に生きてほしい
多くの和人の方々が、真っ当で平等ではなく寛大的な公平を手にすることができる社会を、私は強く願っています
この願いを込めて、今回の投稿を、投稿主自身のありのままの言葉で書き残しているということを、どうか心に留めておいてください
文・編集:投稿主 https://note.com/appleshozao
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