シン・短歌レッスン194
NHK短歌
“ものがたり”の深みへ テーマ「書く」
大森静佳さんが選者の第4週、「“ものがたり”の深みへ」。最終回のテーマは「書く」。ゲストは作家の小川洋子さん。司会はミュージシャンの尾崎世界観さん。
大森静佳は今日で最終回。こういうのは持ち回りなんだろうか。得意な人と苦手な人がいると思う。批評家タイプの人は得意そうだが大森静佳みたいな人は苦手なんだろうなと思ってしまう。なんとなくそんな感じを受ける。今日のゲストが小川洋子だった。普段あまり顔を見ることがないので新鮮である。
「惑星」って
「或る日心が
生まれる」と
書くんじゃないか
なまたまごとく
前半蘊蓄なのだが、下の句の突然「なまたまごとく」のがいいような気がする。その動作が浮かぶようで。小川洋子はふとそんなことを気付かされたというが、こういう漢字を蘊蓄で解釈するのは、一つの方法でけっこうありきたりに感じてしまう。白川漢字学に通じるのか?
物語を書くは『アンネの日記』。アンネ・フランクは最初から文学として発表されることを望んでちあという小川洋子の説。ピーターはどこか小説の主人公みたいだと書いたのは、芥川賞作品の赤染晶子『乙女の秘密』だったか?アンネ・フランクの妄想だったという話。
「悲劇を喜劇にするとき自虐がない」尾崎世界観はいいことを言った。小川洋子と大森静佳はなんか似ている感性があるな。
<テーマ横山未来子さん「たからもの」、荻原裕幸さん「散歩」
~3月17日(月) 午後1時 締め切り~
<テーマ>永田紅さん「数や記号」(単位、方程式、素数、暗号…)、木下龍也さん「最初の記憶」
~3月31日(月) 午後1時 締め切り~
菜の花の
地上歩めり
書くことは
わたしがわたしに
身を投げること 大森静佳
上の句はメルヘンチックだけど「わたしがわたしに」というところに強烈な自我が出ているような。
『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』高原英理
高原英理『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』から。
稀になる人に愛されし約翰様 硫酸銅は青く結べり 紫宮透
まず「約翰」が読めない。こういう難解漢字を使うならルビぐらいふって欲しいと思ってしまう。ヨハネ様で文語「聖書」訳の当て字だという。塚本邦雄びいきなのがよくわかるが、そうした点でも塚本邦雄の二番煎じかと思ってしまう。青い。
同性愛であるものが保守的な思想に傾いていくのは三島由紀夫とか塚本邦雄でそうなのだが、それを「腐女子」という者たちが追従する。彼女たちはフェミニズムに傾きながら保守的な男たち(むしろナショナリズムを見出していく)のが理解できないと思っているのだが、そのヒントは森茉莉にあるという。鴎外好きの父女子ということか。
汝が薄き唇をもて裂かれたし液状の心包める 肌 紫宮透
女性を演じた短歌だという。モデルはミレーの「オフェリア」。水死体なのか?そうだとすると三人称で神の視点だろう。
さよなら青い空るるるほほえむ人々るる花ひらきひらきるるるる 紫宮透
この短歌は言葉遊び的な音韻が心地良い。この頃は同性の恋人とも別れてコピーライティングの仕事をしていたという。ポピュリズム。後に自殺したことを考えればこの歌はあがきかもしれない。そういう読みもあるという。
天空に傷残すこと夢見つつ錆びし鉄柱そびえ立つなり 紫宮透
歌会の歌で好評を得る。グノーシス的解釈も出来るという。17番も「鉄柱」の歌でロンギヌスの槍を連想したのだった。エヴァおたくっぽい。
ここにゐぬ人の心のびつしりと波打ち際に咲ける藤壺 紫宮透
死者たちの魂が彼岸で「藤壺」(貴族の香箱というような意味で、天皇制にかかわるのかもしれない)に閉じ込められているのか?それは蛸壺と言った方がいいだろうと思う。「藤壺」という浪漫(『源氏物語』を連想させる)主義よりも呪のゴーストがうようよ閉じ込められている感じだ。「パンドラの匣」というような。
永遠に遅れる列車わたくしの十六歳が駅に待つてゐる 紫宮透
デジャヴ的な追想だろうか?「永遠に遅れる列車」というのは遅れてきた青年みたいだ。時代に乗り遅れた者。そんな思春期な孤独な青年だろうか?ライトヴァースの歌人への憧れがあり境涯詠だという。
夕刻の軽き影増ゆ外 に出でよ記憶にもなき人の来れる 紫宮透
上の句は謎だな。軽き影とは?夕刻だから物の怪のたぐいか。「外に出でよ」と命令形になっているのは、下の句でもその解答が与えられない宙吊り状態の歌だ。不可知の憧れという。それは恋人のことなのだろうか(元カノが紫宮透を追悼した手記の言葉)?
しづけさに神来らざる朝まだき石めくものは思はゆるか 紫宮透
「朝まだき」は未だ朝は来ない。神が来ないからから?石めくものがそんなものだと思えると言っているのか。石神は原初の神でありアニミズム的だった。「神来らざる」は「見せ消し」の手法だという。神と言葉があるのに否定する。無神論的な否定神学なのか?この頃は稲垣足穂に影響されたという。
見ぬ世まで忘れ果てたる春の夜の吐息ゆかしく仰向きてゐる 紫宮透
啄木に似たような歌があった。
不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心 石川啄木
その前に26番の「十六歳」の句があったり、啄木の影響を受けているのかもしれない。塚本贔屓はこの歌を藤原良経の本歌取りと読むという。
見ぬ世まで思ひ残さぬ眺めより昔に霞む春の曙 藤原良経
塚本邦雄経由で古歌になじんでいたという説。一つの歌ではなくいろいろ影響下にあるのか。
ことばそれぞれ電磁波となり遠き世の恋人たちにとどくそらみみ 紫宮透
ありきたりなSF小説っぽくなってきているのは小松左京の小説の影響なのだろうか?稲垣足穂から流れなのか。「電磁波」がそんな感じで下の句「とどくそらみみ」は中島みゆきっぽい。
風吹けば風頬にあり永遠に後輪は迫ふ前輪のあと 紫宮透
遺作とされる歌だが謎がありそうでないような。当たり前の原理を歌っているように思えるが、柴宮透の謎の死で深読みも出来そうな歌でもある。永遠とか好きだよな。永遠に繰り返される生と言えばシーシュポスの神話だろうか?そこから降りたのなら自殺ということなのか?
