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歳の神@縄沢集落

今年も実家のある縄沢自治区で歳の神(さいのかみ)を開催。
※「自治区」とは西会津町の行政用語なので、以降は「集落」を呼ぶ。
※説明上、今年の写真ではないものも使用している

集落には住んでいないんだけど、なぜか青年会長を務めており、今回は主催側で関わった。準備段階からレポートをしたい。

歳の神(さいのかみ)とは?

西会津で行われる小正月に行われる火を燃やして1年間の無病息災を願う祭りである。
1月10〜15日前後に、各家から旧年中のお札、お守り、縁起物、正月飾り、カレンダーなどを持ち寄り、集落の一角で大きな火を焚く。

西会津町史にはこのように記載されている。

サイノカミの木はナラの木で二股になっているものを選んでとってくる。これに各家から集めた藁を木の上の方から順に結びつけていって建て、下のほうには松飾りをたてかけ、さらにその周りに藁をたてかけサイノカミができあがる。この後夕食を食べてムラ中の人たちが集まったところで、サイノカミに火をつける。この火で餅を焼いて食べると腹病みしないとか、この火でつけた煙草を吸うと虫歯にならないといい、また松の燃え残りを持って帰って家の入り口に吊るしたりもする。こうしておくと火元にならないとか、一年間悪い病気にかからないといわれている。

『西会津町史 第6巻(上)民俗』P496

2022年の記事はこちら

萱刈り

歳の神を燃やすうえで、メインとなるのは萱だ。

歳の神の準備は、雪が降る前、萱が枯れる11月ごろから始まる。

昨年11月、青年会のメンバーで集落の中にある萱場へ萱刈りに行った。
耕作放棄地に茂っている。

この場所は、普段は水路掃除の人足でゴールになる地点で、隣の集落との村境にもなっている。

田畑(ノラ)ほど人の手が入っているわけではないが、山(ヤマ)ほど遠くもない。民俗学的に言えば、ここはムラとヤマのあいだにある「ハラ」にあたる場所だ。

いくら耕作放棄地だからとはいえ、土地には所有者がいるため、「歳の神で使うので、刈らせてください」ときちんと挨拶をしてから刈らせてもらった。
「断りなく刈っても良いよ」と言われても、こうしたひと手間が、田舎生活では重要であり、効果がかなり高いとある協議会の事務局員さんの言葉を借りるならば「ローリスクハイリターン」なのだ。

これは本当にそうだから、田舎に移住を考えている人は絶対にやった方が良い。「田舎 移住」などと検索したり、SNSで見ていると、「田舎は人間関係が濃くて、監視社会だ」「地元住民が気難しくて入っていけない。阻害される」「村八分にされた」などの体験談なのか分からない記事がよく出てくるが、一部は本当だが、全く事実と違うことも多くある。

今は過疎化が進み、どの集落も少子高齢化と限界集落化で困っているので、20〜30年前の田舎イメージに比べれば、断然オープンになっている。
ネットやSNSで出てくる負のイメージはおそらくその書き手が、田舎暮らしにおいて筋を通していないとか、都会の論理を持ち込むとか、小さな約束を守っていない結果、地域から阻害されたとかそんな感じではないかと思う。

話が逸れた。
青年会メンバーで萱を刈っていく。

耕作放棄地が萱場になっている。かつては田んぼや畑だった
萱刈りを草刈機で進めていく
萱を刈り終わると景色も変わる
刈り取った萱は縄で結んで運ぶ
軽トラに積み込むとこの量

萱を刈ると、これまで藪だった場所の見通しが一気によくなる。
結果的に、猪や熊が身を隠す場所が減り、集落にとっては防災・獣害対策の意味も持つ。

見通しが良くなる萱場

そして、1月まで倉庫やハウスで乾燥させておく。
屋内や水気がない場所で乾燥をさせておかないと、いざ燃やす時に火が点かない

会議とチラシ作り

12月になると、青年会で歳の神に向けた会議を行う
・日程と時間
・歳の神の場所
・飾り物や藁を提供してもらう時間
・慰労会
・予算
・周知の方法
・厄年や年男、年女の人の確認
・村の役員からの挨拶の調整
・消防署への届出

それをもとにして、チラシを作成して、LINEで青年会のメンバーからのつっこみを修正していき、完成したものを自治区長に配布してもらう。

歳の神のチラシ。Canvaで作っている

当日準備

午後に集合して、まずは会場に積もっている雪を慣らして歳の神を組み立てる場所をつくる。
だいたいこのように雪が積もっている場合が多い。

雪が積もっていることが多い

田んぼの上で実施する年と、広場で実施する年があるが、小雪の場合は橋の上で実施する。
重機や除雪機を使い、集落の人と青年会総出で圧雪をする。

田んぼの上で圧雪

圧雪が終わると、中央に竹の棒を何本か組み合わせ骨格を整えてから萱や藁、豆殻を縄で縛る。
各家から藁や豆殻の提供もしてもらう。

集落の人が栽培した藁や豆殻をこの日のために保存しておいてくれる
今年は村の人が保存おいてくれた竹を骨組みに使う
中に燃えやすい藁を入れる
藁や豆殻は燃える
藁が終わったら萱で囲む
萱があることで結構重量が増す
田んぼバージョンはこんな感じ
上からの歳の神
上から撮影していると、「神様の上からダメだろ!」と、注意が入ることがあるそうだが、集落の古老に聞いたところ、それは西会津の別の地区の宗派(?)や風習であり、縄沢は全く関係ないからどんどん撮れとのこと

夕方までに各家庭から、1年間お世話になったお守りやお札、縁起物、カレンダー、しめ縄、風車、起き上がり小法師などが集まってくるので、歳の神を飾り付けをする。
それらを歳の神に飾り付けることで、集落全体の1年分が、ひとつの場所に集約される

大体風車が歳の神の上に飾られる

石高プロジェクトで交換したしめ縄も飾った。

石高プロジェクトのしめ縄をお焚き上げしたので、何か良いことが起こりそう
歳の神が完成

当日準備はここで終了。
あとは夜の点火まで一度帰宅するなどするのが大体の集落(町史にもそう書いてある)なのだが、縄沢は違う。青年会は帰らずに大体ダベったり、お酒を飲んだりしているが、今年はキャンプ飯を楽しんだ。

冬だと使われない農道を借り、焚き火をしながら、焼き肉や豚汁、牡蠣缶、焼き鳥や鯖の缶詰などなど、昼間からお酒を飲みながら開始を待つ時間は、本当に贅沢な時間だった。

これはほんと、田舎でしかできないこと。

キャンプ飯を楽しむ
焚き火セットがすぐ出てくるのが面白い
サバ缶、焼き鳥缶。こんなに美味しいとか思わなかった
ホルモンや牡蠣を焼く。牡蠣は2kgだったけど、もう少し買っても良かったかも
薪もあるが、これも集落内のが良いから来年は準備しよう

歳の神本番

時間になると、集落の人や、自治区出身の方々、近隣の集落の方々が続々と集まり、30名ほどが集まってきた。

縄沢自治区の区長あいさつと、集落内の年男・年女が誰か紹介した後、歳男・年女が点火。

火は消防団が管理する。

火がついて歳の神が始まる
最初は火が強い
スルメや餅を炙る
スルメは直火よりも燃えかすで炙った方が良いらしい

この歳の神の場で、新年初めて会う集落の人どうしが新年の挨拶をしたり、厄年の人や年男、年女の人はお酒やみかんを配る。

炙ったスルメや餅が美味しいし、お酒もとても美味しい。

普段は何もない広場に、人が集まり、新年の無病息災を願いながら火を囲むことは何度経験しても良い風景だし、「集落」や「地域」の素顔が見えてくるのがまた良い。

終盤には、縄沢恒例の胴上げ。年男、年女が雪の中にダイブ。
私も青年会会長だということで胴上げされ、投げられる。

ある程度お焚き上げした後は、消防団が火を消して、参加できる人で慰労会をする。
集落の大人たちと青年会、子供たちも含め色々な人で鍋を囲んだ。

歳の神の連なり

この時期ならではで面白いのは、ドローンで歳の神を撮影すると、周囲の集落や町場でも歳の神が行われているため、あちこちに火が立ち上っている様子が見えることだ。
それはまるで、かつての狼煙のように、同じ時期・同じ意味をもった火が、地域一帯に点在しているかのように映る

この写真は今年ではないが、奥の方に別の火が燃えているのが確認できるだろう。

奥の方でも歳の神を実施している地域がある

西会津町内では、歳の神はおおむね1月10日・11日頃の土日、あるいは15日・16日と、地区ごとに日程がほぼ定まっている。そのため、条件が重なると、こうした「歳の神の連なり」が可視化される瞬間が生まれる。
生きた土地の記憶が可視化されているように思う。

個々の集落で行われる年中行事が、結果として地域全体の時間を同期させ、空から眺めることで初めて、その広がりが立ち上がってくる。
ドローンの視点は、歳の神が一集落の行事であると同時に、地域全体で共有されてきた文化であることを、直感的に示してくれる。

歳の神をドローンで撮影する

ドローンを始めてから、各集落の歳の神を撮影してきたので、掲載。
※東京航空局に催し物上空の撮影の申請をし、許可を取得済み
※その他必要な手続きは全て実施している

大山祇神社の旧暦元旦歳を特別に撮影させてもらった。まるでジブリの世界観
西会津雪国まつり時に実施。この年は雪がなかった。この写真は2026年の雪国まつりのポスターとチラシにも使われている
縄沢の広場実施時
西会津の端にあり、西会津町と阿賀町の町の境であり、福島県と新潟県の県境の徳沢自治区。県境の川のほとり。昼間に歳の神をすることもある。写真を印刷して、全世帯に配布したら喜ばれた
楢山集落にて。高校生の合宿受け入れ時に実施
 楢山集落でこの辺一体の集落の歳の神

歳の神から考える「境界」

歳の神で燃やした萱は、集落の中にある萱場で、昨年11月に刈り取ったものである。
藁や豆殻も、集落の人たちが自分たちの田んぼや畑から持ち寄ってくれた。
外から何かを買ってきたわけではない。燃やしているものは、すべて縄沢という集落の内部で循環してきたものだ。

この「集落の中だけで完結している」という点は、歳の神を考える上で、とても重要だと思っている。

民俗学には、人間の生活空間をいくつかの領域に分けて捉える「境界」の考え方がある。
今回の歳の神を考えるうえで、最も近い枠組みとして参考になるのが、民俗学者の福田アジオ氏による、日本における人間と自然の関係を整理した分類だ。

福田氏は、人間の生活空間を大きく以下のように区分している。

ムラ
集落そのもの。人が住み、日常生活を営む居住空間。

ノラ
田や畑などの耕地。
1年という比較的短いサイクルで耕し、作物を生産する空間であり、ムラの生活を支える生産の場。

ハラ・ヤマ
山林や原野。里山や奥山。
草を刈る、木を伐る、山菜や木の実を採るなど、より長い時間軸で自然の恵みを得る空間である。同時に、異界としての性格も強く、死者の魂が行く場所と考えられてきた。墓地がヤマに置かれることが多いのも、そのためだ。

民俗学的空間の構造。福田アジオ氏の分類を参考に筆者描画

この3つの領域は、人間の支配の度合いが異なる。
ムラは人間の支配が最も強く及ぶ空間であり、ノラ、ハラ・ヤマへと進むにつれて、自然の力が相対的に強くなっていく

人間は、それぞれの領域に対応する「」を祀ってきた。
ムラには氏神や鎮守があり、秋祭りや収穫祭といった形で、今もその風習は残っている。これらの神は、あくまでムラを守る神であり、ノラやハラ、ヤマにまで直接的な力を及ぼす存在ではなかったと考えられている。

集落の奥にある神社

ノラにはノラの神がいたが、都市化や市街地開発によってノラという領域自体が曖昧になり、現在ではその存在を意識する機会は少なくなっている。

一方で、ヤマには今も山の神が祀られており、山開きの際に参拝するなど、その信仰は各地に残っている。

人間は、ムラ・ノラ・ハラ・ヤマという異なる領域から自然の恩恵を受け取りながら、その中で「ここだけは完全に自分たちの領域だ」と言える空間をつくろうとしてきた。それがムラである。

もともと山林だった場所を開墾し、家を建て、田畑を作る。
そうして獲得した人間の領域を守るために、日本の集落には「村境」という観念が生まれた。

日本では、西洋の都市のように城壁や堀で集落全体を囲うことは、あまり行われてこなかった。
その代わり、村境は「」ではなく「」として設定された。

道路を思い浮かべてほしい。
ノラからムラへ入る地点、つまり人やモノが行き交う出入口が、「村境」である。その地点ごとに、道祖神や地蔵、勧請板など、象徴的な存在が置かれ、外から入ってくる災いや、ムラの内部で生じた穢れを調整する役割を担ってきた。

葬送の作法にも、この境界意識はよく表れている。
亡くなった人は、ムラの外にあるヤマの墓地へと送り出され、埋葬される。

そして帰り道、村境で一定の儀礼を行い、場合によっては履いてきた草履を脱ぎ、穢れをムラの外に置いてから村へ戻る。
そうやって、ムラの内と外は、丁寧に切り分けられてきた。

この境界の考え方をもとに、縄沢集落を区分したのが下の図である。

Googleマップを加工し、民俗学的区分をやってみた

赤い枠がムラ、つまり居住空間。
オレンジの枠がノラで、田畑が広がり、本来はムラとヤマの緩衝地帯だった場所だ。
ただし近年は耕作放棄地が増え、ノラの機能が弱まり、ムラとヤマが直接近接する状況も生まれている。
黄色の枠がハラ・ヤマである。

神社やお寺、萱場はマークをつけた。神社やお寺がムラ・ノラ・ハラ・ヤマが重なる部分にあるのがまた興味深い。

地図中のマークの意味

歳の神で燃やす萱や木の枝は、このノラやハラ・ヤマから採られたものだ。
萱場もハラに位置している。
一方で、お講などでムラの外の神社から受けてきたお札やお守り、縁起物は、一定期間ムラの中で人々の生活を守り、その役目を終えると、歳の神でお焚き上げされる。

ムラ・ノラ・ハラ・ヤマから得たもの、ムラの外から迎え入れたお札やお守り、そしてムラの内部に溜まった1年分の時間と穢れ。
それらすべてを、ムラの中に設けた歳の神という場に集め、火によって天へ返す。

歳の神のお焚き上げをする時に、集落の中と外からが合流する

歳の神とは、単なる年中行事ではない。
ムラが自然と向き合い、境界を意識しながら生きてきた、その知恵と感覚が、今も形を変えずに残っている装置なのだと思う。

縄沢の歳の神を見ていて思うのは、ムラ・ノラ・ハラ・ヤマという生活空間の循環を、火というかたちで引き受け、リセットする行為である。

集落の中で生まれ、使われ、役目を終えたものを、再び自然へ返すことで、ムラは次の1年へと静かに移行していくのかと思う。

このように、集落の風習を1つとっても、リアルな風習の現場にいる感覚があり面白い。
私は元々文化人類学や民俗学に対する興味が高いので、同じような興味の人や、この記事を面白いと思った人は田舎暮らしに合うかも。

とにもかくにも、今年も面白い1年にしようと歳の神に願った。

参考文献

『境界の発生』赤坂 憲雄(講談社学術文庫)
『西会津町史第6巻(上)民俗』西会津町
『日本民俗学概論』福田アジオ 宮田登(吉川弘文館)