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時結い人 第2話

第2話: 幕末の風

冷たい風が肌に触れ、葵はゆっくりと目を開けた。目に映るのは、見慣れない景色だった。葵はぼんやりとした頭を振り払い、目の前の状況を確認しようとしたが、周囲の光景はまるで別世界のようだった。目に入るのは石畳の道、古い木造の家々、そしてどこか異様な静けさだった。

「ここは……どこ……?」

葵は自分の体を起こし、あたりを見回した。先ほどまでいた研究室の風景はどこにもなく、彼女がよく知っている現代の日本ではないことは明らかだった。まるで時代劇のセットに迷い込んだような感覚に襲われ、頭が混乱した。

目の前を着物を着た人々が行き交っている。誰も彼女の存在に気づくことなく、ただ黙々と自分の道を進んでいた。彼女が立っている場所は、どこか古めかしい街並みの中だった。人々の装い、街の雰囲気、すべてが現代の感覚とはかけ離れていた。

「まさか……」

葵の心臓が一瞬跳ね上がった。彼女はすぐに自分の頬を軽く叩いた。痛みを感じる——これは夢ではない。本物だ。目の前に広がるこの景色は、まるで歴史の教科書から飛び出してきたようなものだった。だが、それは彼女が実際に生きる世界ではない。彼女が知っている日本ではない。

「幕末……?」

その言葉が彼女の口から自然に漏れた。彼女は日本の歴史、特に幕末に興味を持ち、その時代について深く学んできた。だが、まさか自分がその時代に飛ばされることになるとは、夢にも思わなかった。歴史上の事実と現実が交錯し、葵はその場に立ちすくんだ。

「どうして……こんなことが……」

彼女の頭は混乱し、足元がふらついた。体を支えながら、どうにかして周囲の状況を理解しようと努めたが、目の前の光景が現実であるとは信じがたかった。周囲の人々の装い、話す言葉、すべてが彼女が知っているものとは異なっていた。これが本当に幕末の日本であるのか——その疑念が彼女の胸に湧き上がった。

その時、遠くから聞こえてきた叫び声が彼女の耳に飛び込んできた。

「志士だ!志士が討たれたぞ!」

葵の心臓が再び激しく脈打った。志士——それは幕末時代、幕府に反抗する若者たちを指す言葉だ。彼女は教科書で何度もその言葉を目にしてきたが、それが現実の世界で叫ばれているとは到底思えなかった。

「志士……」

彼女は無意識にその声の方へと足を向けた。まるで何かに引き寄せられるように、彼女の体は動き始めた。混乱と恐怖が渦巻く中でも、彼女の足は止まることなく、声の方向へと進んでいった。

道を駆け抜けた先、彼女が目にしたのは、一人の男が地面に倒れている光景だった。刀傷を負った彼の体からは血が流れ出し、その場に広がっていた。男の顔は蒼白で、意識が遠のいているように見えた。

「大丈夫ですか!?」

葵は叫びながら、その男の元へ駆け寄った。彼女の心臓は激しく脈打ち、手足が震えた。彼が生きているかどうか、それを確認するために必死に体を支えたが、男の体は重く、冷たい。

「死なないで……!」

葵は現代の知識を思い出しながら、彼の傷を手持ちの布で押さえた。彼女は考古学者だが、いくつかの応急処置の知識は持っている。だが、今目の前にある命が、彼女の手にかかっているという現実に対する恐怖が、彼女の体を震わせた。

「お願い、生きて……」

彼女は男の体を支えながら、必死に呼びかけ続けた。その声に応じるように、男の瞳がかすかに開いた。彼は辛うじて息をしているが、その息は非常に弱く、今にも消えそうなほどだった。

「……誰だ……お前……」

男は弱々しい声でそう呟いた。彼の声はかすれており、葵に向ける視線は混濁していた。彼女はその声を聞き、彼がまだ生きていることに安堵しつつも、どうすればよいか分からないまま、ただ彼の手を握りしめた。

「私は……葵。あなたを助けに来たの」

彼女は冷静を保とうと努めながら、自分の言葉がどれほど無力であるかを感じていた。彼を救うためにできることは限られていた。彼女は考古学者であり、医者ではない。だが、目の前で命を失うかもしれない彼を見捨てることなど、到底できなかった。

「……龍馬……」

その名前を聞いた瞬間、葵の胸は大きく跳ね上がった。

「龍馬……?」

彼女の声は震えていた。その名は、彼女が何度も教科書や資料で目にしてきた名前だった。日本の幕末において、重要な役割を果たした人物——坂本龍馬。その名前が、今自分の目の前で口にされた時、彼女は現実と歴史が交錯する感覚に飲み込まれていった。

「本当に……坂本龍馬……なの……?」

彼女は信じられなかった。歴史の英雄とも言える人物が、今、自分の目の前で息をしている。彼が本当にその坂本龍馬であるならば、彼女は歴史の大きな流れに巻き込まれていることになる。だが、それが現実であるという確信はまだ持てなかった。

葵は龍馬の顔をじっと見つめた。その顔には、彼女が何度も歴史の資料で見たような面影があった。しかし、それが本当に自分が知っている人物なのか——彼女の中にはまだ疑念が残っていた。

次回、第3話へ続く。

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