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童心

 宮本輝さんの「湾」を読んだ。10歳の夏の記憶から始まる物語は、父親の違う姉と弟とその家族を描きながら、やがて64年後にまた同じ西舞鶴の湾へと帰っていく。ちょっと荒唐無稽なところもあるけれど、きっと宮本さんは人生からお金の問題を排除して、純粋に綺麗なものを書きたかったのかもしれない(それからたぶん、美しいアストン・マーティンのことも)。宮本作品のいいところは、基本的に悪い人が出てこないという点で、人によっては物足りなく感じるかもしれないが、安心して読めるし読むとやさしい気持ちになれる。いつも読後に物語の舞台に行ってみたくなるのだが、今回は夏の舞鶴湾にモーレツに行きたくなった。最後の方に出てくる五老スカイタワーは、調べてみたら本当にあることが分かって、また一つ宮本作品の巡礼地が増えた。
 読みながら、自分の子供時代の夏のことを考えていた。勿論、小説のような美しい記憶はないけれど、小学校にプールが出来る以前、川で泳いでいた(浮かんで流されていた)ことを思い出した。始めの頃は一級河川の支流で、そこそこ広い川だった。夏休みになる前に、親たちが川底を点検してくれるのだが、ごく偶に砂利に隠れていたガラス瓶の欠片で誰かが足を切ったりすることもあった。それでも、だからと言ってそこで泳ぐことを止めようとする人は、大人にも子供にも一人もいなかった。私たちは水中眼鏡を付けて流れを眺め、川岸の水に浮く草を集めてはそれを抱きかかえて流れに身を任せ、耳に水が入れば熱く焼けた石に耳をあてて水を抜いた。数年後に、水質の問題か何かで、川は家の近くの細い川に変わった。お堀と呼ばれていたその川には水の湧きだし口が複数あって、その水はきれいで冷たかった。広さはなくなったけれど、流れに水草が揺れて、川底の砂の上を時々は魚が横切ったりする光景を眺めるのは、プールでは決して味わえない体験だった。学校にプールが出来て川で泳ぐのが禁止になったのは、確か小学5年の夏だったと記憶している。
 その夜、dousinさんのnoteを拝見していたら、数年前に自費出版した詩集があることが記されていた。以前からTwitterに投稿されるお名前通りの童心溢れる詩に惹かれていた私は、気が付けば失礼も顧みずその詩集を分けて頂けるものかメッセージを送っていた。突然の申し出にも拘わらず、快くご了解を頂いた今、私はあと何日学校に行けば夏休みだなと指折り数える子供のような気持ちで、dousinさんの詩集が届くのを待っている。


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