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転ばぬ先の杖?

 実家の庭の剪定が終わった。春の花が咲き終えて、枝の伸びが落ち着いた後の第一弾、7月中に何とかと思っていたのでまずまずのペース。これでようやく、自宅の庭や他の庭仕事が出来る。次の剪定は11月頃だ。
 「ここにいると何も出来なくなっちゃうから」と言って、義母は実家に戻っていった(と言うか、かみさんが送っていったのだが)。「高級旅館みたいだねぇ」とは言ってたけれど、本人にすればアウェイの環境であることに違いなく、遠慮もあるだろうし、とにかく何にかにつけて勝手が違う。そりゃあ、何十年も住み慣れた自分の家の方がいいに決まっている。
 今回、お試しショートステイをしてもらって感じたのは、当然ながら本人の気持ちが第一で、本人はまだ一人で大丈夫と思っていて、実際まだ自分で出来ることも沢山あるということだ。天気のいい日には、庭先に洗濯物が万国旗にようにはためいているし、味噌汁が無くなったかなと覗いてみると、ちゃんとジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ入りの味噌汁が作ってある。こちらとしては火の元が心配で、そのままレンジでチン出来るお椀を用意したりするのだが、相変わらず小さな鍋で味噌汁を温めているようだし、お湯を沸かさなくていいように電気ポットに変えても、やっぱりヤカンで沸かしたお湯を入れている(意味ないじゃん!)。長年繰り返してきた生活のルーティーンは、たかだか数回言われた位ではビクともしないのだった。
 一番心配なのは転倒で、これまでは偶々上手く転んで怪我もなかったけれど、転び方によってはそのまま寝たきりに直結しかねない。そう思って杖を用意しても、その杖はいつも何処かに置き忘れて行方不明だ。要はまだ本人が必要としていないのだ。失敗しないように親が先回りし過ぎると子供の成長を妨げてしまうことがあるように、介護も先走るのは余計なお世話なだけなのかもしれない。まあ、本人からすれば全然OKでも、傍から見るとハラハラな状況はいろいろとあって、それが本人には分からないし、こちらからも伝えにくいのが難しいところなんだけど。なので、とりあえず転ばぬ先の杖は用意する。けれど、転んでみないと多分杖の必要性は実感として分からないので、私たちに出来るのは「もし転ぶなら怪我無く(勿論転ばないのが一番なのだが)、しかも杖の必要性が分かってもらえますように」と願うことくらいなのかも。でも、上手く転ぶと、まだ大丈夫って思っちゃうんだろうなぁ、きっと。

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