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徳島文學のこと

 吉田修一さんの「タイム・アフター・タイム」を読み終えた後、そろそろ今年も徳島文學が出る頃だなとしばらく待っていたのだが、未だのようだったので宮本輝さんの「湾」を読み始めたら、目の前に夏の舞鶴湾がぶわぁっと広がって一気に引き込まれた。何やら「流転の海」にも通じるような名作の匂いを感じていたところ、ようやく手元に徳島文學が届いたので、ちょっと迷ったけれど、舞鶴の物語はいったん栞を挟んで閉じた。好きなものを後に残すタイプという訳でもないが、併読は苦手だし文芸誌は旬のものなので、今回はその鮮度の方を優先したような形。
 たしかTwitterで徳島文學のことを知ったのはまだコロナが残る'22年の春で、第四号を読んだ後、直ぐに出た第五号も読んで、それから創刊号、第二号、三号と遡った。それ以降は、毎年6月に出る最新号を梅雨の歳時記として楽しみにしている。徳島から文学を発信していこうという心意気がいいし、年に一度という七夕みたいなペースもいい。それに、場所は違うけれど田舎育ちで田舎暮らしの私には、地方に根差した物語が妙に懐かしく肌に合う。今では誌上でお目にかかる常連の方々から、年に一度のクラス会でこの一年の様子を聞かせて頂いているようだ。
 とは言いながら、徳島文學は決して徳島限定という訳でもなく、毎回フレッシュな書き手の作品を紹介してくれるのも有り難い。衿さやかさんの作品を初めて読んだのも徳島文學だったし、きっと編集の方は広く文学界の動向に目を向けておられるのだろう。今年の第九号を読んでみると、兄弟や家族、その老いや心の病といったテーマが何度も出てきて、現代社会の縮図を眺めるようだ。その中でも、今回一番圧巻だったのは洸村静樹さんの「セプティマス・アンダーカレント」。ハッシュタグをつけようとすると、震災、性暴力、ADHD、適応障害、兄弟、北海道、開拓、会津、アイヌ、セラピー、積丹半島、ブラックアウト等々、全部挙げようとすれば切りがない。そうした中で、絵を描くという行為を軸に、大きな時の流れも意識しながら、過去に負った傷を乗り越えていく主人公を中心とした登場人物たちには、いつのまにか自然とエールを送りたくなる。タイトルがちょっと難解だけど、セプティマスはヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」から。作中に音楽も何曲か出てくる中で、アンダーカレントと聞くとビル・エヴァンスとジム・ホールのアルバムジャケットが思い浮かんで、そのイメージがぴったりな気がするけれど真相はどうなんだろう?
 さて、今年も徳島文學を堪能したので、また舞鶴湾の物語に戻るとしよう。来年は10周年の記念号になるようなのでますます楽しみだ。楽しみと言えば、7月になると村上春樹さんの新刊も届く。こういうのをきっとうれしい悲鳴って言うんだろうな。あれ?ひょっとしてスピンの最終号ももうじき?ギャーっ!!?
 


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