歌に私は泣くだろう
先日、一緒に飯豊ドライブをした友人が用意してくれた「歌に私は泣くだろう」を読んだ。著者の永田和宏さんは細胞生物学者として京都大学の名誉教授であると同時に、宮中歌会始の選者や短歌結社「塔」の前主宰でもある歌人だ。そして、妻の河野裕子さんも戦後の女性短歌を代表する歌人で、数々の賞を受賞するとともに、夫の永田さんと歌会始の選者も務めている。この本には、河野さんに乳癌が発見されてから、手術、術後を経て、その後再発しお亡くなりになるまでの10年間が描かれていて、読むと、お二人のように冷静に自分や相手を見つめることの出来る人たちにとってさえ、死と向き合うということがどれ程葛藤を伴うものであるかが犇々(ヒシヒシ)と伝わってくる。と同時に、お互いやご家族の存在は勿論のこと、お二人には短歌という支えがあり、体験が最終的に数え切れない歌に見事に昇華されているという事実にちょっと羨ましさのようなものも感じた。それはちょうど、坂本龍一さんが最期の時間の中で残したアルバム「12」を聴いた時にも似て、私にとっては自らを表現する術(スベ)を持つ人への憧れとでも言うべきものなのかもしれない。
本には著者の恩師が亡くなる直前のことも書かれていて、どうしてもお礼の言葉を伝えたいと思いながら、それを言ったら最期であることを認めることになると迷いながら病室を出たら、中から大きな声で「ありがとう」と先に言われて、自分も廊下で叫んだけれど嗚咽で…という話が心に沁みた。自分にも、これで最期かもしれないと写真を撮りたく思ったけれど、それをしたら相手にそう思っていることが伝わってしまうと逡巡した経験があったからだ。
この本をくれた友人は、3年の闘病生活の後に昨秋奥さんを亡くされていて、この本を読むと自分の経験と重なるものがあると言って渡してくれたのだが、最期にいい時間が持てたと語っていた友人にも、きっと本に書かれていたような大変な局面がやはり多々あったのだろう。先日いろいろと話をする中で、軽薄にも自分は頭で納得できれば死は怖くないというようなことを言った気がするけれど、それは友人のような体験をしていない者の戯言で、どうやら死というのはそんな単純に割り切れるものではないみたいだ。読み終えた後、友人が娘さんと病院に向かう際に車の中で流ていたというヨルシカさんの「修羅」が聴きたくなった。
