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センチメンタル バースデー

 鳥とヒグラシの声に目覚めて、今朝の庭仕事はどうしようかなと思う。雨は上がっただろうか?それからちょっとして、ああ、そう言えば今日は誕生日だったなと気付く。自意識過剰で感傷的だった若い頃なら考えられない。少しは自分を捨てられるようになったのかもしれない、きっと良いことだ。前を走る車のナンバーを見て、きっと○月○日生まれなんだなと思うことがよくある。みんな自分の誕生日が大好きだ。勿論自分も(ナンバーは誕生日じゃないけど)。子供の頃、友だちに祝ってもらいたい気持ちとは裏腹に、誕生日は毎年絶賛夏休み中だった(当時はスマホもSNSも無かったのだ)。家の誕生祝いは(と言っても、母がカレーを作ってくれる程度のことだったけれど)、自分より6日早い兄の誕生日と一緒に既に終わっていた。16歳の誕生日には田中角栄さんが逮捕されて、雷で停電した暗闇の中、ロウソクの明かりで日記を書いた。20歳の誕生日は北海道にいた。前の晩、初めて公園の東屋で野宿をして、夜の海に浮かぶ漁火を眺めていた。翌日は、海沿いを走る列車の中でうつらうつらしていて、目覚めたとき向かいに座っていた女性と話をする中で「20歳の誕生日なんです」と言ったら「それはおめでとう!」と飴玉を2個もらった。今思い出すとひどく恥ずかしいけれど、青春はそれくらいセンチメンタルで、飴玉はこの上ない祝福だった。あれから、もう40数回も誕生日を迎えてきたことになる。記憶に残っているものもあれば、皆目思い出せないものもある(残念ながらと言うか普通そういうものなのか、殆どは後者だ)。今では「どこ行きたい?」とか「何食べたい?」とか聞かれても、特段これと言って希望は無い。随分枯れた物言いに聞こえるかもしれないが、普段から行きたいと思う場所があれば行くし、自分で作ったぬか漬けや朝に収穫したトマトが並ぶいつも通りの食卓が何よりなのだ。有り難いことに、毎年妻や子供たちから「おめでとう」の声がけやメッセージが届くし、今年は息子たちが抽選で引き当てたミュージカルに招いてくれた。サンセット大通り、舞台の物語そのままに30年前世界を魅了した歌姫は健在で、マスコミの事件取材が長年待ち焦がれた映画撮影と重なるラストは圧巻そのもの、カーテンコールはいつまでも鳴り止まなかった。これ以上、一体何を望むことがあるだろう?心から「お陰様で」と頭(コウベ)を垂れたい。

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