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タイム・アフター・タイム

 吉田修一さんの「タイム・アフター・タイム」を読んだ。(ネットで観られるようになって再び話題の)「国宝」の著者、待望の最新作にして、作家デビュー30周年記念作品と帯に謳われている。高校時代、大恋愛の末に故あって別れた2人が20年後に偶然再会する。その2人の今と高校時代を行ったり来たりしながら、物語は2人とその周りの人たちを鮮やかに描き出していく。少し前に横道世之介の完結編「永遠と横道世之介」に涙していた私は、主人公の女性の名前「久遠(クオン)」に「永遠(トワ)」と通じるものを感じながら本を読み進めた。今回は泣かなかったけれど、2人の高校時代は純粋で眩しくて、様々な偶然も重なって厳しい現実にも直面するものの、それでも読後には爽やかな希望が残った。勿論、ズルいと言えばズルい。2人は学校で一番キラキラしているお似合いのカップルなのだ。そんなの特別な人たちだけの話じゃんと言えなくもない。でもちゃんと読んでいくと、そんな2人でも最初に気持ちを伝えるのにどれ程勇気が必要だったかも分かるし、その2人の周りには想いが叶わなかった人たちもたくさんいて、その人たちがその後どうなっていったのかも描かれている。著者の吉田さんは恋愛小説が書きたいとおっしゃっていたと何かで読んだけれど、その「恋愛」というのは、圧倒的に2人のことが中心でありながら、きっと周りの人たちや2人の挫折をも含めてのものなんだろう。物語の中で、主人公の男性が離婚を息子に伝えるシーンがある。「将来、お前が誰かのことを好きになったとする。その時にお前が感じる気持ちは、とっても素晴らしいもんで、お前はその気持ちを信じていい。それは、他の何にも勝る素晴らしいものだから。」これこそが、吉田さんが読者に伝えたかったメッセージなのではないだろうか?確か、「惚れた腫れたと金の有る無しが文学の永遠の2大テーマだ」みたいなことを太宰がどこかに書いていたと思うけれど、最近はお金の方が力を増す一方で、どうも恋愛の方は分が悪いような気がする。ネットだったりコロナだったり、理由はいろいろあるにしても、社会や時代の雰囲気に流されて、みすみす「他の何にも勝る素晴らしいもの」を見過ごすのは勿体なくないだろうか?「タイム・アフター・タイム」と聞くと直ぐにシンディー・ローパーの名曲が浮かぶけど、元々の意味はご承知の通り「何度も何度も」だ。読みながら、高校時代のことを思い出していた。そのことを書こうかと思ったけれど、自分のヘタレ具合が恥ずかしすぎて、結局何も書けなかった。

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