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「友達いない人」始めました・12

 らしいですね?

 小雨の中、初台のオペラシティに行く。
 オーガニックカフェ「ル・パン・コティディアン」。

「ごめん、待った?」
 エリナがすわっている席に行く。
「ううん」
  彼女が、涼しげな笑みを俺に向けた。
「何にするか決めた?」
「この食前酒付きのワンプレートブランチにしない?」
「いいよ」

 スパークリングワインを二人で飲む。
「エリナ、今日、仕事ない日なんだ?」
「そうなの。だから、夕べ裕斗のところに行こうと思ってたのよ」
「わるい。今日、急に午前に仕事入ったから」
 
 名前のよくわからないチーズとサラミの乗ったパンを食べ、シリアルも食べる。
 まわりはデート中のカップルが多い。

「じゃあ、この後、私の部屋に来ない?ここからすぐだし」
 エリナは、きれいな細い指でコーヒーカップを持ち上げ言って、澄んだ瞳で俺を見た。

「裕斗、この後、夜まで仕事ないんでしょ?」
「うん。…  じゃそうしようかな」
 実は、今日は楽器を持ってるから、また夜のバーの仕事までスタジオを借りて練習しようかな、と思っていたのだが。

「もうすぐ夏ね。どこか、行きたいな」
「そうだな」
「裕斗の田舎にも行ってみたいな。帰るんでしょ?夏休み」
「わからないな。夏休みったって別にちゃんとした休みがあるわけじゃないから」

 山梨に実家があるが、ほとんど帰ってない。
 両親がいるが、妹が実家の近くにいるから、親とのつきあいは任せてしまっている。
「山梨って意外と暑いんだよ。まあ最近はどこでも暑いけどな」
 と、なんとなく言い訳がましく言う。

  
 雨が上がっている。
「久しぶりだな、ここに来るの」
 マンションの15階までエレベーターで上り、エリナの部屋に入る。
 相変わらず、きれいに片付いている。
 俺の部屋も男の部屋にしてはきれいだと思うが、それはたんに部屋にいる時間が短いだけで、この部屋のように、掃除が行き届いているからではない。
 観葉植物の葉も、生き生きしていた。 
 彼女が毎朝、きちんと水をあげているのだ。 

 楽器とリュックをソファの脇に置き、
「雨も鬱陶しいけどさ、梅雨が明けるとまた過酷な夏が…  」
と言って、窓の外を眺めようとすると、そばに来ていたエリナが、そっと抱きついてきた。

 彼女の美しい長い髪を撫でる。
 なめらかで気持ちいい。いい匂い。
 長くキスする。
 お互いの体を抱きしめ合う。
 手を伸ばし、ベッドサイドにあるエアコンのリモコンを片手で操作。
「俺、汗臭いかも。シャワー浴びようかな」
と言うが、
「臭くないわよ、後でいいんじゃない?」
と言われ、ベッドで抱き合う。

 エリナの体をまさぐり、薄い生地のサマードレスの背中のファスナーを下ろす。
 彼女のブラのホックも外し、形の良い胸に触れて、またキスし、自分も服を脱ぐ。
「裕斗…   裕斗が好き」
 エリナが吐息混じりに、言う。
「うん」
「好きなの。わかってる?」
「わかってる」
 答えながら、彼女を抱く。

 …  この曲、なんだっけ。
 あ、そうか。
 何故か、その最中に、自分が作ったオリジナル曲が、頭の中で鳴り響いているのだった。


「わかってる、じゃねーんだよ!」
 夜の仕事場のバー「so what? 」のカウンターの中で、俺が洗ったグラスを隣で拭いていた、店長の赤沢さんが言った。

「彼女がおまえを『好き』と言うときはな、おまえにも『好き』って言ってほしいんだよ。確認したいの!バカだね」
「そーですかね?だって、つきあってるわけだから、好きなのは決まってるじゃないですか」

 先日、高柳夏海にバカ呼ばわりされて、ここでもかよ、とムッとする。
「おまえはな、女心がまるでわかってない」
 赤沢さんは言って、ため息。
 
 バー営業の時間帯だが、客が途絶えてグラスを片付けているとき、赤沢に、世間話的に、彼女とうまくいってるか訊かれたのだ。
 それで昼間、エリナに、行為の最中に「好き」と言われたことを、チラッと話したのだった。

「エリナちゃんはさ、不安なんだよ。おまえの日頃の不埒な態度が、不安を引き起こしてる」
「お言葉ですが、俺、なんにも悪いことしてないっすよ。浮気もしてないし」
「本当か?」
「いや別に、店長に信じてもらわなくたっていいですけどね」
 
 … などと言い合っていると、ドアが開いて、見たことのある男が入ってきた。

 先日、高柳さんと一緒に来た、彼女と同じように「友達いない人」になったという…  。
「いらっしゃいませ、カウンターでいいですか?」
 と、たずねると、はい、と真面目な顔つきで、答えた。
 
 しばらく、黙っていて、
「これ、なんて曲ですか」
と訊いてきたので、
「『The Good Life』です。ソニー・スティットが吹いてるやつで」
 と、流れている曲の名前を教えた。
「いい曲ですね」
と、彼はしみじみと言って、まずはバドワイザーを、と注文。
「僕もたまにライブで演ります」と言うと、
「そうですか。今度、聴きに行こうかな」
と、言った。
「ぜひ」

 赤沢さんは、カウンターの隅の席で、スポーツ紙を読み始めた。
 ホームランダービーなんかつまんねーよな、などとぼやきながら。


「今日は、高柳さんと一緒じゃないんですね」
と、ビールを出して言ってみた。
「ええ。友達じゃないし」
と、彼は苦笑いして言う。
「あ、僕、紅林道雄といいます。えーと、中原さん、ですよね。高柳さんのバンド仲間の」
「はい、中原です。よろしくお願いします」
  
 お互い自己紹介して、しばし音楽に身を委ねる。
 
「高柳さんは、音大の同級生でして」
 紅林が言う。
「ええ、聞いてます」
「じゃ聞いてるかな、僕、学生の頃、彼女のことが好きで、告白したことがあるんです」
 紅林が、ビールグラスを見つめ、言った。

「いや、そこまでは。僕も友達じゃないんで」
「ふられましたけどね」と、彼は言って、
「あ、中原さんも何か飲んで下さい。店長さんも」
と、彼が言って、
「ありがとうございます。じゃ遠慮なく」
と俺は言い、ジントニックを作り、赤沢さんには白ワインを出した。
 
「高柳さんが、なんで『友達いない人』になったかは、聞きました?」
 
 紅林が俺に言った。
 
「ええと、親友だと思ってた女性を、困ってた時に助けてあげられなくて、その人から友達じゃない、って言われた、とかいう話は聞きましたけど」 
 俺が、以前、高柳さんから聞いた話をすると、
 
「それも少しはあるかもしれないけど」
と、彼は言って、言葉を切った。
 
「もっとちゃんとした理由があるんですよ」
 
 俺は、彼を見て、次の言葉を待った。
 
「彼女、失恋したんですよ。かなり打撃だったみたいで。そのせいらしいですよ」
 
 紅林は言って、バドを飲んだ。
 
「…  そう..なんですか」

 俺も、ジントニックを飲んだ。

「でも、失恋がなぜ、『友達いない人』になるきっかけに?」
と、訊いた。
 すると、紅林は、俺を見て少し笑い、
「いや詳しくは聞いてない。だって、僕は彼女と友達じゃないし。仮に詳しく聞いていても、中原さんとも友達じゃないから、友達でもない人にそんなこと話せないし」
と、言った。 
「まあ、そうですよね…  」
 俺も言ったけど。
  
 なんか、腑に落ちない会話だな、と思った。

 それより、あの強気な高柳さんが、彼女の在り方に影響を及ぼすような大失恋をしたなんて、信じ難い。
 いや、あいつだって、若い女性だから、誰かを好きになることはあるだろうけど。
 相手は、一体、どんな奴なんだ?
 その失恋のせいで、あんなに憎たらしくなったのかな?
 あの憎たらしさ、半端じゃないからな。

 
「中原さんは、男女間の友情ってあると思います?」
 紅林が訊いた。
「うーん、あるとは思いますが、実際は、あまりないかも」
「そうですか」
「純粋な友情はね。もちろん、一緒にいて楽しい、くらいの知り合いはいるけど。つきあっている彼女に誤解されるのも面倒だし」
「なるほど。そういう問題はありますね。逆に、彼女がいないならいないで、相手に、友情なのに、恋愛感情だと誤解されたりね」
 
 しばらくして、紅林からマティーニを所望され、作る。
 その頃には、カウンターも埋まってきた。

「でもね、たとえば、恋愛感情を持っていても、友情のふりをして、つきあうこともありますよね。なんとかしてつながりを持っていたくて」
 紅林が言う。
「そう?」
 俺は言って、他の客に注文を訊いてから、彼に言う。
「俺はないな。高柳さんが言うには、俺は何も考えずに感情のままに行動するバカな動物だ、とのことだから、なんかのフリとか無理」
 俺が自虐的に言うと、紅林は真面目に言った。

「らしいですね」

 え。らしいって…?
 高柳夏海がそういうことを言うのが、彼女らしいのか、俺がそういう動物だということが、俺らしいのか…   。
 まあ、両方かもしれないが。

「でもね、言い方はどうあれ、彼女は中原さんのそういうところを、羨ましいと思ってると思いますよ」
 紅林は言って、マティーニを飲んだ。
「僕も同じだから、彼女の気持ち、すごくわかる。いやでも頭が働いちゃうもんだから」
 紅林が、俺を慰めるように言ったが…

 やはり、あまり嬉しくないのだった。
 

(続く)



 


 


 
 



 
 
 

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