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古の強者どもの宝を見る~国宝の鎧

4月27日、八戸ディスカバリーガイド(HDG)の登録ガイドさんたちの研修で櫛引八幡宮(くしひきはちまんぐう)に行ってきた。



この奥にある本殿は1600年建立されたもので
現在修理中のため見ることが出来なかった。
重要文化財に指定されている。


狛犬さんもいた


明治天皇が八戸に来られた時の行在所は
明治記念館として残されていた。



八戸市には国宝と呼ばれるものが二つある。その中の一つが櫛引八幡宮の中にある鎧である。「赤糸威鎧」と「白糸威褄取鎧」。国宝は撮影禁止になっているため解説資料の写真を載せておきます。


赤糸威鎧(あかいとおどしよろい)
通称;菊一文字の鎧
高さ;約75センチ 重さ;約40キロ
作られた時代;鎌倉時代(1183~1333年)
この鎧は伝説によると南北朝時代の南朝の天皇で98代目の長慶天皇の鎧と言われています。
菊の紋は天皇家の家紋で、その他、一文字、雲などの飾りは身分の高さをあらわし、
天下一、天上人を示しているのでしょう。
(解説シートより)


白糸威褄取鎧(しろいとおどしつまどりよろい)
通称;卯の花威鎧
高さ;75センチ 重さ;30キロ
作られた時代;南北朝時代(1336~1392年)
褄取りとはこの鎧にある模様(白以外の色で三角形の模様)のことです。この褄取りの様式で
兜・鎧・大袖などがすべて残っているのは唯一この鎧だけになります。
(解説シートより)

本物ですよ!
今の時代まで残っているの凄い!
それにしても45キロ、30キロの重さなんて!
立っていられない!
「白糸威褄取鎧は装束鎧などといわれ衣装としての意味合いが強い」と
説明されていたが、確かにと納得できる。
兵がこんな重いものを身につけていたら実働は無理だろう。
彼らはどんな思いで戦っていたのだろう。
平和のためか、家族のためか、権力のためか、金のためか、
見栄か、自尊心か、生きるためか?


宮司さんから説明を受けながら見学し、最後は参道入り口にある和菓子屋「萬榮堂」さんに立ち寄った。100年以上続く老舗で「鶴子まんじゅう」が有名なお店。


表面にまぶされているのは落雁粉。
創業者が櫛引八幡宮に大きな鶴が舞い降りる夢を見たことと
このお菓子を買ってくれた常連さんの名前が「つる」さんだったことから
鶴子まんじゅうと名付けられたとか。


合掌土偶の人形焼きは美味しいと評判です!



古きものに触れ
美味しい和菓子を頂き
この地に長く息づく魂を感じ
背筋が伸びる思いがした。











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