見出し画像

ベトナム戦争、間近で感じてきた

1人4万円の飛行場+ホテル代のベトナム2人旅。
今日はそのメインイベント、
日帰りベトコンツアーの日です!👍👍
(ベトコンとはベトナムコンバットのこと。アメリカ兵と戦い続けたベトナム民間人兵士たちの総称です)

まずはベトコンの基地があったクチ(Cu Chi)トンネルに向かいます。

朝7時30分にツアーバスが迎えに来ました。ガイドさんはカンニング竹山似の陽気なVinnyさん。

竹山くん

「ボクはベトコントンネルに入れません」ミニバスに乗った瞬間からお腹を指さし快調に英語でマシンガンジョークを飛ばしまくります。

ミニバスが走るに連れて、話は段々とベトナム戦争の話に。

航(私)は仕事で英語を使うので、英語を話すのは得意ですが、Hearingは今一歩😅😅😅

相棒のタカは、若い時に独りでネパール、パキスタン、インドを数カ月ひとり旅していたツワモノバックパッカーですが、英語はまるでダメ(良く生きて帰国できたなレベル🤣🤣)
でも本人はそんなことお構い無し!(強い魂!)

せっかく竹山くんが早口で説明をしてくれますが、本当に早口でその半分しか分からずとても残念でした😵‍💫😵‍💫

今度は歴史が重要な場所では、ケチらず日本語ツアーを申込みます。

さて、航がベトナム戦争で思い出すのは、結合双生児のベトちゃんドクちゃん。

戦争博物館に行くと
たくさんの異常双生児の写真

奇形児は、ジャングルに隠れるベトコンを皆〇ろしにするために、大量に撒いた枯葉剤に含まれるダイオキシンの影響です。😭😭

10万トン以上まき散らされた枯葉剤

因みに2人はその後日本の日赤病院で分離手術を受け、残念ながらベトちゃんだけは亡くなりました。
ドクちゃんは猛勉強して、医者になり、ご結婚され、2人のお子様(富士くんと桜ちゃん!)とともに来日し、映画にも出演されたのだそうです。

映画があったのは知りませんでした

ともかくお元気そうで何よりです😄😄

実は当時ベトちゃんドクちゃん以外にも数多くの奇形児が産まれましたが、世界ではほぼ日本でしか報道されなかったんだそうです!😳😳
というのも、商品が売れなくなるのを防ぐために、米国は枯葉剤の影響を全力で隠蔽したんだとか。😡😡😡
悲しいですね。

所でベトナム戦争ってどんな戦争だったか知ってますか?🤔🤔

ベトナム戦争が始まったのは1950年。私は小学生。
後から調べて分かったのですが、戦争を比較してみると以下の通り。

第二次世界大戦
4年続き、使われた爆薬の量が500万トン。
朝鮮戦争
約3年で300万トン。
なんとベトナム戦争
17年で、1400万トン。

圧倒的な年月と爆薬が使われたことが分かります。

ベトナム人は国の存続と民族の威信をかけて、大国アメリカに闘い続けた事が分かりました。

3つの戦争の比較

私は小学生だったので、正直、アメリカが負けたヒドイ戦争位しか知らなかったのですが、大ざっぱに言うとこんな感じの戦争だったようです。↓↓↓

①見た目は北ベトナム(北ベトナム市民+ソ連)と南ベトナム(南ベトナム市民+米国)で始めたの代理戦争。

②共産国家が増えるのを恐れた米国は南ベトナム軍の味方として援護するという名目で、北ベトナムの街を空爆し始めた。
しかし腐敗がヒドく、南ベトナム人を人として扱わない米軍(拷問、レイプ)に対し、南ベトナム軍の不満が高まる。

③そもそも北も南も、兵士の顔は皆同じ。米軍は変装した北ベトナム兵士から銃撃を受けたり、村の住民女性を装った女性兵士から刺されたりと、住民を信じられなくなった米軍は遂に南ベトナム、ソンミ村の女子供を含む500人を虐殺する。

これをキッカケに、「国を守れ」と立ち上がった南ベトナム解放民族戦線(いわゆるベトコン)が米国相手にジャングルでゲリラ戦を展開し始めた。

④ジャングルの泥と沼を舞台に、長い長い、文字通り泥沼のゲリラ戦が始まったのです。

ベトナム戦争はヘリコプターの闘いでした。
以前みた劇団四季の舞台にもなった「ミス・サイゴン」にもヘリコプターは出てきました。
地獄の黙示録のヘリ編隊はイメージつきますよね。

UH-1
UH-1の編隊

戦争もその時代で乗り物は変わります。
ベトナム戦争の前は第二次世界大戦だったので、その時にはB-29を中心とする爆撃機や、ゼロ戦の様な戦闘機が中心でした。

しかし 昨今 のウクライナ侵攻で使われているのはドローンです。
攻撃も戦術も変わるんですね。

今回訪問したクチトンネルは、かつてベトナム戦争の主戦場となった地下トンネルのあるジャングル。
その地下トンネルは万が一の時の脱出を考えて、数十キロ先の隣国カンボジアとの国境を越えて掘ってあり、総距離はなんと250kmにも及んだそうです!😳😳😳

観光用トンネルは広い

観光用に広げられた様ですが、実際のトンネルは幅40cm高さ50cm程度だったらしいです。アメリカ兵は身動き取れませんよね

巧みに隠された40×30センチの出入り口の一つが、観光スポットになっていました。私も潜りました。
平和って有難いですね。

フタをするとマジで分からないです

地下トンネルの空気穴も、蟻塚の下に分からないようにあけたそうです。

こりゃ分からない

奥に行くと射撃場があり、金を払えば、当時の主力だった米国の自動小銃のM16やソ連のAK47、重機関銃はM60を撃つことが出来ます。音が煩くて耳をふさいでいる人も多かったです。

これ撃てます!

他にもどんなトラップで米軍を悩ませたか。

落ちたらやばい落とし穴

不発弾の火薬や鉄をどのように再利用したか など、当時のベトコンの国を守る意地とプライドと知恵の数々を見ることができました。

ホーチミン市内から車で2時間掛かりますが、やはり行く価値のある場所だと思います。

次はメコン川クルーズに向かいます。

最後までご覧頂きまして
有難うございます😄

いいなと思ったら応援しよう!