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夏夜の蜃気楼

家から自転車で数分のところに、細く川が流れている。夕方その川を渡る時、あるいはその近くの公園を通ればコウモリを見ることがあった。春から夏になる頃は特に多い。
子乗せ電動自転車の後部に座る三男は、コウモリを見つけると喜んで私に報告をした。

「今飛んだ」「あそこにもいる」

そう言って指をさしては、はしゃぐ。そうなると私は「ほんとだね」と三男が指さす方を見上げて、思いがけず壮観な夕焼けを見つけたりする。

三男は、コウモリが少ない日には、「暑すぎるからかなあ」と残念そうに言い、満月が浮かぶ夜には興奮した。そして、よく歌を歌った。
人目を気にせず声を張り上げる三男の、本気の歌声を背中に受けながら自転車を走らせるのは楽しかった。

そんな三男が、夏休みに入ると同時に、「これからは一人で自転車に乗りたい」と言った。
学校がある平日は、上の息子たちのスケジュールとの兼ね合いで時間に余裕がないため、私の自転車の後ろに三男を乗せて用事をこなすことが望ましい。だけど、夏休みであればその理屈は通らない。それに三男はもう小学二年生だ。一人で自転車に乗りたくて当然だった。

三男の申し出を渋々受け入れたこの夏、私と三男は、初めて前後に並び自転車を走らせた。
三男が乗っていようがいまいが、私の自転車にかかる負荷は変わらなかった。なにせ電動だ。

だから、つい、三男がすぐ後ろにいるような気になって、「ほらコウモリ」と声をかけた。
返事はなく、振り向くと少し後ろに、ヘルメットを被り、大真面目に自転車を漕ぐ三男がいた。
まっすぐ前だけを見て、コウモリを見つける余裕もない。

川に差し掛かり、今度は緩やかな坂をよろよろと立って漕いでくる。先で待って、じっと見つめている私と目が合うとにこっと笑う。コウモリも夕焼け空にも、満月にさえ気づかなくても、三男は満足そうだった。
三男が歌わないから私は一人で口ずさむしかない。つまらないな、と思いながら。
時々振り返って、三男の真面目な顔を見る。また、にこっと笑う。その静かな時間は寂しくて、眩しい。
なにかが終わってなにかが始まったらしいことに気づかないふりをして、まだまだ三男を乗せていたかったと、わがままを言いたくなる。
きっともう少ししたら、三男はすっかり自転車の運転に慣れて、漕ぎながら歌ったり月を指さしたりするのだろう。その時私は、そんな三男から少し遅れて、彼の後ろを走っている気がする。



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