哲学×お金──お金に意味はあるのか
ニャヒニズム第一作でもやった、お金というテーマ。
今回は、哲学に絞って扱っていこうと思う。
さらに、次回。哲学的稼ぎ方を見ていこうと思う。
1.ゲオルク・ジンメル
社会学者兼、哲学者である彼は「貨幣の哲学」という著書が代表的だ。
貨幣はあらゆる価値の"媒介品"になるが、返って純粋に意味のないものになる。
お金だけあっても、なんの意味もないけど……他の何かがあれば、価値を作ることが出来る。
っちゅーわけやな!
最強の空虚物質と言いたい!!
「無限の可能性」は、裏を返せば「何も無い」とも言えるのかもしれない……
・人との関係
だが同時に彼は、貨幣は人間関係を変えてしまうものらしい。
昔の人間関係は「直接的」だった。
でも、近代社会では「貨幣」が仲介する。
ということである。
たとえば──
労働=給料
愛=プレゼント
謝罪=示談金
のように、現代は人と人との間には金が付き纏っている。
だが、これが悪いこととも、良い事ともジンメルは明言しなかった。それこそが、近代である……と。
『お金は、愛を取引にして、友情を数値化した。
だが、我々を自由にした』
2.カール・マルクス
・疎外
マルクスの格ともなる考えだが……
労働を通じて、自分で作ったモノすら自分を感じられなくなる。
という旨を言った。
たとえば……
パンを焼いてもそれは自分のものではない。パンを作った彼にとって、パンはお金なのだ。
さらに、ジンメルと同じようなことも言っている。
お金を媒介してしまうことで、人間関係も疎外してしまう。
お金のために生きれば生きるほど、いつの間にか"自分の命の主導権"を他人に預けてるのかもしれない。
・交換価値と使用価値
なにやら、大事そう。
簡単に言えば……
使用価値=パンを食べる
交換価値=パンおいくら万円?え、7万円!?
マルクスは言う
人は資本主義に浸かると、使用価値より交換価値を重視するようになる。
その通りでございます。マルクス様( ‐д`‐(
まさに現代を表した言葉とも言える。
質より金!!
使えるかじゃない!!売れるかどうかなのだ!!
だが、マルクスもまた……
『お金=悪』とは断言しなかった。
どちらかと言えば、『お金で支配される人間社会=悪』と見なしていた。
お金を使い、自分自身を自由に表現し、労働を通じて自己実現できる状態。
これを彼は、善と呼んだのであった……
3.西田幾多郎(にしだ きたろう)
ラストの哲学者は、京都学派の祖と言われる西田幾多郎である。
・「真の善」とは
西田は語る。真の善とは……
真の善とは、自己が自己を生かすことである。
椎思(しい)は自己を知ることであり、行為は自己を生かすことである。
( ・∇・)💭むっずい😮
簡単に言えば、ラーメンを奢ったとする。
この時大事なのは、奢った金額ではなく、奢ったことによって生まれる人間関係なのである。
これによって生まれるのが「善」である。
そして西田は言った
善は、意味のある"場所"でしか生まれない。
・場所の哲学
場所の理論とは
人間の意識は、なにかの上に成り立つのではなく、場所そのものが意識を構成する
( ・∇・)💭だから、むっずい😃
お金は「場所」なのか……
まぁ、結論を言えば「そう捉えることが出来る。」
人は、お金を手にした時、金額以上の意味を持つ「場」に立つ。
要するに、お金に換算すれば「数値ではなく、行為が起こる場」である。ということだ!!
仮に手元に1万円があるとしても、人によってその意味は違う。
使い道、稼ぎ方、立場。
よって、その1万円は「1万円という数字ではなく、1万円をどう使い、どう稼ぐか」ということが、本質となる!!
これが、「場所」なのである。
西田幾多郎的、結論。
「お金を、どう使うかではない」
「お金という場所に"どう立っているか"が、その人の哲学である。」
おわりに
ここまで読んでくれて、ありがとう😊😭
いや〜書いてて疲れたねw
個人的には、マルクスが良い事言ってたかなって思う。
質より金
これに尽きるかなと。
お金というか、資本主義はそうなんだと思う。
パンの話も、分かりやすくてお気に入りですね!!
さて、次回は「お金の稼ぎ方」を哲学的に見ていこうと思う!!
乞うご期待✨
あ、スキ❤️やフォロー✅してくれたら、ここが「場所」になるので、ぜひよろしくね( ・∇・)
