祖母は、わたしの憧れエッセイスト|note50本投稿の記念に
いつもお越しくださりありがとうございます☺️
先日、ようやくnote 50本投稿の記念バッジをいただきました👏
半年ほどかけて、ようやくここまで来れました。
節目のタイミングに、これまでの振り返りと、わたしが憧れているエッセイストについて書いてみたいと思います。
よろしければ、お付き合いいただけると嬉しいです。
祖母は、わたしの憧れエッセイスト
🖋️ わたしの憧れの人、祖母

わたしの憧れのエッセイストは、もう天国にいる母方の祖母です。
幸せなことに、わたしには父方・母方と二人の祖母との思い出があります。
母方の祖母とは、一緒に住んでいませんでしたが、会える日はいつも嬉しくて、帰り際には心がふわっと温かくなるような人でした。
祖母は作家でも、文章の専門家でもありません。
けれど、日常の一場面をそっとすくい上げるのがとても上手で、達筆な人でした。
だから、わたしは勝手に“祖母はエッセイスト”と、思っています。
🖋️ 新聞に載った、祖母の小さなエッセイ

ある日、祖母の書いたエッセイが地方新聞に掲載されました。
俳句が冒頭にあり、そのあとにエッセイが続くという粋な構成でした。
内容は、七五三のお祝いで“ひ孫”の家に泊まった時のエピソード。
食後にのんびりしたあと、お風呂に入っていると三歳の“ひ孫”がひょっこり入ってきたそうです。
「誰かに入れって言われたんか?」
そう聞くと、
「一緒に入りたいから入ってきた」
と、素直な返事。
その一言が嬉しかったと綴られていました。
その気持ちがふんわり伝わってくるような、あたたかい文章でした。
普段は一緒に入ることのない“ひ孫”とのひととき。
だからこそ、心に残り、誰かと気持ちをシェアしたくて新聞に投稿したのだろうなと、今になって思います。
🖋️ 本がつないでくれた、静かな交流

祖母は読書が好きで、「読書の会」のサークルにも入っていました。
わたしが専業主婦でゆっくり本を読めた頃、
会うたびに「これ読んでみる?」とお互いの本を交換するのが楽しみでした。
ある日、祖母が貸してくれたのは、なかにし礼さんの『赤い月』
「あなたの好きなダンスのことが出てくるよ」と、ひと言添えて。
わたしが貸したのは『世界の中心で、愛をさけぶ』
「こんなの読むかなぁ?」なんて言いながら。
人から借りる本は、自分で選ぶ本とは違う“新しい世界”に出会わせてくれます。
きっと祖母も同じように感じていたのだと思います。
祖母は本を読み終えると、作者に感想文を書いて郵送していたと聞きました。
今ではあまり見ない、素敵な習慣だと思いました。
🖋️ 祖母の意外な一面

優しいおっとりした人柄の一方で、祖母はとても行動力のある人でした。
公民館で料理を教えていたり、
カーナビのない時代に地図と標識だけを頼りに、車を運転して遠出したり、
新幹線もひとりで乗りこなして出かけたり。
頼りないわたしには、その姿がいつも眩しく映っていました。
🖋️ わたしがエッセイを書き始めた理由

わたしが note に文章を書き始めたのは、
祖母のように“日常でふっと心が動いた瞬間”を言葉に残したいと思ったからです。
憧れのエッセイストは?
と聞かれたら、やっぱり祖母の名前が浮かびます。
祖母のように、読む人の心がじんわり温かくなる文章を、わたしも書けたらいいなと思っています。
🖋️ 書き続けるうちに起きた、小さな変化

書き始めた頃は、SNSがとても怖くて、
最初の投稿は、胸がどきどきして手が震えるほどでした。
うまく伝えられないもどかしさから、何度も下書きに戻したこともあります。
でも続けていくうちに、少しずつ変化がありました。
日常の言葉遣いが変わり、会話でも表現が広がったり、
妹とのLINEトークが、ついエッセイ調になってしまったり。
風景を見ると文章が浮かぶようにもなりました。
気づけば、わたしの暮らしそのものがエッセイのようになってきたのです。
🖋️ ふとよみがえる、祖母への思い

文章を書いていると、祖母との思い出がふっとよみがえることがあります。
生きていた頃には気づかなかった“温かさ”が、今になって静かに胸に広がります。
祖母との思い出は、わたしの心に今もそっと残っています。
そして、わたしが文章を書く理由のひとつになっています。
50記事投稿の記念に、祖母を思い出しながら書いてみました。
🖋️2026年4月
いっぽびとさんのイラストを添えました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします☺️

大切な誰かを思い出す瞬間が
訪れますように。
わたしのもう一人の祖母のお話はこちらです。良かったら読んでいただけると嬉しいです☺️
