あの娘 1
この曲が私と中島みゆきさんの出会いでした。
友人のお姉さんがダビングしてくれたBESTアルバムの一曲目
あの賑やかなイントロから、シュールな内容の歌詞を聞いた時、
羅列する女性の名前が歌詞になっているところ、
強烈に覚えています。
「す、すごいっ♡」
今でもイントロのところから口三味線で歌えますよ?
たららららったたーら
たーらららったった♪
唯には中学生の頃から好きな男子がいる。
中学一年の二学期最初、上履きを忘れピタピタと冷たい床を歩いていたら、よく知らないクラスの男子が
「おまえ、上履きは?」
と聞いていたので
「忘れた」
と短く答えたら、
ゲラゲラ笑いながら唯をからかった。
相手にする気はなかったがあまり気分のいいものではなかったし、上履きを忘れたくらいでとやかく言われたくなかったから唯はプイッと横を向いた。
その時教室に入って来た人が唯の初恋の相手だ。
彼も上履きを忘れてた。
「戸高!おまえもか!」
「出来てンじゃね?お前ら。」
「戸高と中野、お揃いー!」
「おそろいー!」
「お、そ、ろい♡お、そ、ろい♡」
騒ぎ立てる男子の声にあちこちまばらで夏休みに起こったあんなことやこんなことを話しているクラスメイトの視線が、唯と戸高薫の足元に集まってしまった。
唯は夏休みの宿題を入れたサブバックを自分のロッカーに仕舞い、白いくつ下をピタピタと鳴らし自分の席に着き騒ぎ立てる男子はニヤニヤしながら戸高薫のそばまで行き、今度は戸高をからかった。
「めんどくさっ」
唯はつぶやいた。
鞄から文庫本を一冊だし、なんでもない顔をして読みはじめるとさっき自分の足元に集まった視線が散っていくのを感じ少しほっとして文庫本に集中していく、しばらくして大きな声の担任が大きな足音を立て廊下を来たのが分かると、一度教室はざわざわとしてそれぞれの席にクラスメイトが向かった。
引き戸が開けられた時には皆、席に着いていて、
「おはよう!
提出物は始業式が終わったら集めます。ちゃんとやってきたか?」
手近にいる生徒を見た。
「はあい!」
そうか、そうかとうなづく教師を馬鹿らしく唯は見つめ、さっき唯と戸高をからかった男子生徒が言った「はあい!」の返事を聞いて心の中で毒を吐いた。
「川に落ちちまえ!」
廊下側の前から四番目。
それが唯の居場所。
学校にも家にもたいした居場所はない。
さっき共にからかわれた戸高薫は、男子生徒の中心にいる生徒だった。
いたずらっ子も、男子の中にもいる唯のようなつまらない生徒にも頼りにされ友人も多く教師達にも信頼されている人気者だ。
唯にとってまぶしい存在だった。
「さあ。
廊下に並んで体育館に行くぞ。」
唯の一年三組は廊下に並んだ。
朝礼や始業式で並ぶとき名簿順で並ぶように指示されていたので、戸高の後ろは中野唯だ。
数人挟んで後ろに並ぶ「はあい!」と返事をした馬鹿者がまた蒸し返すように
「戸高と中野のくつ下まぶしいなあ。」
とにやけた声でつぶやいた。
すると前の方に並んでいる馬鹿者の仲間が振り返り
「くつ下、おそろいやーん♡」
と、後に続く。
なに言ってンの。
みんな同じくつ下じゃないの。あんたもおんなじくつ下履いてるでしょ。
あんた馬鹿なの?
頭の中でくそ面白くもないクラスメイトの言葉に唯はむくれていた。
担任が馬鹿者の仲間を振り返り
「何、騒いでるんだ。」
と睨み付け静かになったが、また戸高と唯の足元に視線が集まってしまった。唯はまた毒を吐いた。
もちろん、心の中で。
「アホンダラ!
後で脳天突き抜けてトンカチでかち割ってやるっ」
素知らぬ振りで体育館に並んで移動し、校長先生のつまらない挨拶を聞き、なぜだか知らぬが校歌を皆で歌い学年主任の先生が一人一人壇上に上がり短く挨拶をして、始業式は終わった。
今度は後ろ前逆になり唯が戸高の前を歩き、教室まで行く。
ざわざわと廊下を歩いていると、戸高が唯に話しかけた。
「中野。ごめんな。
僕も上履き忘れたから、あいつらにからかわれちゃってサ。」
「関係なくない?」
「なくない?って
ないの。あるの。どっち?」
「どっちでもいいじゃん!」
唯はむくれて下を向き歩いた。
戸高薫。
それからアイツを見る目が変わった。
戸高は人気者だったが、特に親しく付き合っている友人がいないように思えた。
毎日観察していると戸高はいつも一人で居る。
たまに誰かに話しかけられると笑顔で答え仲間に入っていくが自分からしゃしゃり出るタイプのニンゲンではなく黙って流れに乗るタイプの静かな男子であったことに唯は衝撃を覚えた。
いつでも輪の中心に居るのに、特定の仲間を持たず黙って笑って居るだけで人気者になる。
「ワケわかんない。」
気になる存在がいつの間にか恋に変わっていたことに、唯はまた衝撃を受けた。
「信じらんない。」
そのまま二年生は同じクラス。
三年は別のクラスになった。
唯をからかう男子生徒は三年間、なぜだか腐れ縁で同じクラスのまま。三年生の夏休み前の三者面談で進路希望を問われた唯は頭の中で、
「戸高と同じ学校」
と思ったが、頭の良し悪しを考えて「まあ、無理な相談だよな。」
無難な学校名を答えた。
進路指導はそれだけだった。
中野唯は教師たちが認める素直でおとなしい扱いやすい子。
だから高望みせず無難な高校を選び、おかしなことも悪さもせずに普通に卒業し、普通に上の学校に通い普通に結婚して、普通に母親になる。
家族も教師も
そう思っていた。
あの娘 1
つづく
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