【BL】研修医は一途に愛を囁く2 13話
13.裏との繋がり
曰くつきのCABGが始まった。本院からヘルプで来た医者は二人、しかも、教授クラスと呼ばれ本当に“名前だけ“の存在で、さも自分達が執刀するような顔をしつつ、実際に行うのは片倉科長だった。
この光景を見ると、昨年の若頭のオペが脳裏を過ぎる。あの時も、実際に執刀したのは片倉部長だったが、飯塚先生や他のエースメンバーをずらりと取り揃えていた。
何故同じ命を救うべき対象が、金と黒い権力だけでこうまで扱いに差が出るのだろうか。
突然本院から投げられたこのCABGのせいで、他の胸部外科オペ日程がだいぶ狂わされた。元々予定で待っている人を投げてまで本院の言いなりになる必要性はどこにあるのだろうか。──とは言え、CABGは確かにオペをすると決めたらとにかく早ければ早い方がいいので、最悪待てるオペは後回しにせざるを得ない。
……そしてもっと厄介なことに、胸部外科の器械だしを出来る人間は非常に少ない。
師長から言い渡された突然の編成により、外科から浅川が入り、真弥が整形チームから古巣へ戻された。そして矢木のサポートとしてサブリーダーを長年勤めていた中野さんが浅川の代わりに外科に移動した。彼女は看護師歴二十一年の大先輩なので、流石の女帝も仕事の出来る先輩を適当に扱えないだろう。
「真弥先輩、今回の器械出し分けますか?」
大きなオペに向けてのチームミーティングが始まった。CABGの器械出しは現在、真弥と矢木しかできない。他にも出来る人はパラパラいるがみんなチームが変わっているのでいきなりお願いしますとは頼みにくい。なので、偶然とは言えこのタイミングで真弥が整形チームから戻ってきたのは幸運だったといえよう。
「今回はどちらも心拍動下でのオペになる。矢木さんは、イレギュラーの対応にあたったことはあるかい?」
「いえ……無いです」
「人工心肺の方が器械つなぐのも大変だから、オフポンプで良かったと思うよ。俺か矢木さんが浅川さんに記録の書き方を説明しつつ、胸部外科が初めての浅川さんにはまず見てもらいたいと思っている」
そう考えるとどちらかは二件連続で器械出しになる。麻酔覚醒まで加味すると約五時間程のオペ。しかも細くて長い糸や珍しい器械も多く、手順は複雑化している。それはかなりの精神的疲弊を伴うが、二例とも同じ種類のオペなので、そう考えると実際に器械出しとしてやることは変わらない。
真弥はにこにこと微笑み、矢木に選択を与えた。
「矢木さんはどっちがいい?」
「で、できれば真弥先輩は、浅川さんのご指導お願いします」
「んー、たまには俺も器械出ししたいけどなあ……」
「そ、そんなあ……真弥先輩には、俺がとち狂った時にサポしてもらわないと……」
患者の状態の変化によっては人工心肺をつなぐイレギュラーもありえる。その為に必ず臨床工学技士がいつでも対応出来るよう、機械のチェックと大事な場面はずっと入ることになっていた。
真弥に器械出しをしてもらい、本来であればリーダーになった自分が外回りとして後輩育成や、オペ全体を見る力が必要なことは分かっているのだが、どうしても指導がうまく全体を見れる真弥がいるとつい甘えてしまう。
「連続長時間オペは休憩が取りにくいから、必ず体調管理してね。──特に、二件目は若いけれども、既往が厄介だから、出血次第になると思う」
「はい……」
「それに、本当にダメそうだったら、必ず早めに手を下ろすこと。最悪、俺か認定看護師の神野さんが器械出し出来るから」
真弥とは違う“もう一人の神野さん“に頼みたく無いからこそ、矢木はキリキリと胃を痛めている。師長がお願いした際も、「私は妊娠中なので胸部外科の手術には入らない」と最初から突っぱねてきたくらいだ。アテにはできない。
「とにかく気負わないように。大丈夫ですよ、花巻先生もいますから」
◇
「おはようございます。今日のCABGよろしくお願いします」
入室よりも二十分も早いのに、堅祐は初めて入る大きな手術の道具や雰囲気を見る為にいつになく真面目な表情で胸部外科の部屋に入った。
「花巻先生、本日は矢木が直接介助となります。私は外回りと記録フォロー兼任です。記録は浅川さんです」
「花巻先生、お久しぶりです。どうぞよろしくお願いします」
浅川は佐久間に散々虐められていたせいなのか、嘔吐と拒食が進み、かなり痩せ細っていた。しかし、オペに臨むその表情はどこかイキイキとしていた。彼女は真弥の存在があれば頑張れるのだろう。
「浅川さんまで外科から出ちゃったのかー。もう片倉部長とのパイプが無くなったな」
「聞きましたよ、花巻先生、胸部外科に転科されたって。片倉部長がずっと嘆いてました。花巻と真弥を引っ張ってこいって言われました」
「私は師長から移動の話があれば戻りますけれども、花巻先生はどうして突然胸部外科に変えたんですか?」
二人が素朴な疑問として聞いてくることにどう返答して良いか悩む。外科に居たかったけど、マヤさんは整形に行っちゃったし、外科の佐久間は嫌いだし、胸外は人が足りないからウェルカムだって言うし──。
「あー、俺、佐久間さんのコト嫌いだから」
あれこれ脳内整理していたものが、ぽろりと口を突いて出た。しまった、と思った時には既に遅い。ストレートな言葉に二人はクスクスと笑っていた。
「誰とでも仲良くしている花巻先生にも、苦手な人っているんですね」
「そんなの当たり前だろ、俺だって人間なんだから。まあ、好きな人にはとことんだけど、苦手な奴とは空気を吸ったり、そばにいるだけで疲れる」
「私も、花巻先生に嫌われないように気をつけます」
「そうだ、浅川さん、水分補給行っておいで。もう少しで連絡するから」
「はい。ありがとうございます」
まだ入室まで時間はあるし、ここからは緊張の長丁場だ。休憩室に水分補給に向かう浅川を見送ったところで、真弥はくるりと堅祐に向き合った。眸が穏やかに微笑んでいる。
「堅祐、ありがとうな。浅川さん、こっちに配属したものの、あの通り緊張しっぱなしで」
「俺で何か出来るならお安い御用ですよ、マヤさん」
「……やっぱり慣れないな。仕事中は俺の事、名前で呼ばないでほしい」
耳を赤く染めたマヤさんが、なぜ俺だけ名字呼びをさせ続けていたのか、その理由が今になってやっとわかった。
彼は極度の恥ずかしがり屋だ。クールに見せておき、多分、俺にマヤさんと呼ばれる事で仕事とは違う空気を察してしまうのだろう。感覚が鋭い分、尚更。
「真弥先輩、入室連絡しましょう」
執刀医達とどういうアプローチでいくのか最終確認を終えた矢木が面を引き締めて部屋に戻ってきた。本院の医者達は入室前に病棟の方で面会予定となっている。そこは助かった。例えこの部屋が他のオペ部屋と違い多少広く作られているとは言え、色々な医者が麻酔前からぞろぞろ入られては狭いし息苦しい。
「花巻先生は介助入るんですか?」
「どうだろう。科長には勉強してこい、具合によってはお前が助手だって言われたんで、一応叩き込んではきましたけど……」
正直、実際に見て触れてみないと分からないことが多い。多分、科長は俺をスパルタ育成する気満々なので、偉い本院の人がもし助手をしないと言ったらすぐに変わるだろう。
「矢木さん、トイレと水分補給大丈夫?」
「はい。五時間くらいなら何とかなりますよ」
真弥の表情が引き締まった。オペが大掛かりというより、相手が問題だ。入室連絡の間もオペ室に普段来ない本院からの偉い医者が続々と入ってきた。
多少は広いとは言え、あまりにも仰々しいのではないだろうか。前室には他の科の患者も来ると言うのに。
「何で中に入らせねえんだよ!」
「ちょっと、困ります……他の患者様もいるんですから」
「おめぇら、ボスの手術失敗でもしてみろ、その手も首もぶった斬ってやるからな!」
血の気の多いチンピラか。花江組の取り巻きは入口でぎゃーぎゃー騒いでいたが、実際に入るボス、花江邦彦は酷く穏やかな顔をしていた。
「やめねえかてめえら。こんな場所で騒ぐならさっさと帰れ」
年齢からは考えられないまだドスの効いた声に、下っ端達は言葉を失い、頭を下げると特室で待ってますと言伝を残して出て行った。
成程、一応ボスはボスなりにしっかりしているわけだ。
浅川に申し送りや色々説明している真弥の横顔をみた花江はどことなく嬉しそうに微笑んでいた。彼は、マヤさんと顔見知りなのだろうか。
「入室が遅くなり大変申し訳ございません。花江様。本日は新藤教授。そして片倉科長がメインで対応致します。もう一人、花巻先生です」
俺が研修医、というのは伏せておきたかったのだろう。しっかり医者として紹介されたのでどこか歯痒い気持ちはあったが、そんなのはどうでもいい。
車椅子で偉い教授達に連れられた花江の後ろを続き、俺もきっと面を引き締めた。
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