京都・黄梅院で苔と木漏れ日に時間を忘れる
門をくぐると、青もみじが空を覆っていた。
地面は緑の苔で覆われ、そこに木漏れ日が光と影のコントラストを作り出している。
太い木の幹や庭石、灯篭も苔むして、その長い歳月を物語っている。
チチチチチッと、かすかに鳥の声が聞こえた。
苔の上に作られた光と影が揺れ、風のそよぎを知る。
ここは、京都・大徳寺の塔頭、黄梅院。
誰もいないその庭で、あまりの美しさにしばし時を忘れた。

拝観受付を済ませて進むと、紫陽花や蓮の花が咲いている。
その先の庭の地面は苔で覆われている。
曲線を描いた飛び石が並ぶ先には、茶室がある。
静かで爽やかな庭が続く。

石畳の道を行くと、庭の奥に、建物の玄関が見えてきた。
中に入ると、冷房の効いた部屋のガラス越しに、広い大きな庭が見える。
一面苔で覆われた緑の庭、千利休作の直中庭だ。
部屋を出て、渡り廊下の先にある書院“自休軒”の縁側に腰かけて庭を眺めた。
池は秀吉の馬印である瓢箪の形をしている。
瓢箪のくびれに石橋がかかり、そこに飛び石が続く。
飛び石の先は、やはり茶室がある。
日に照らされた苔は若草色で、生き生きと輝いて見える。
一方、青もみじの影が落ちた苔は色濃い深緑となり、落ち着いた安らぎを与えてくれる。

緑の絨毯が広がっている
書院の縁側で、吸い込まれるような静かな癒しの時が過ぎていった。
その横の本堂の前庭は枯山水の破頭庭。
“直中庭”とは趣が違って、とても簡素な白い砂紋の直線と、その奥の苔の緑が清々しい。

ひとり静かに座って、ただ庭を眺めていた。
白い砂の真っ直ぐな線を見ていると、いつの間にか頭の中が空っぽになっていた。



後ろは、書院“自休軒”の縁側

人の少ない日に黄梅院で過ごした静かな時間は、とても贅沢な時間だった。
苔に落ちる木漏れ日を眺めながら過ごしたあの時間。
頭を空っぽにして白い砂紋を見ていたあの時間。
これから私は何度も思い出すだろう。
