東寺の梵天様に、また会いたくて
冬の日の昼下がり。
所用を済ませ、九条通を駅に向かって歩いていた。
東寺の前を通ると、五重塔の初層が特別公開されていると案内の看板が出ていた。
この辺りも、もうあまり来ることもないだろう。
ふと、見てみようかと足を止めた。
正門である南門をくぐる。
中に入るのは、二十年ぶり以上だろう。
すぐに、右手に五重塔が見えた。
かつて、何年間かは毎日、車窓から見ていたはずの五重塔なのに、ほとんど印象にない。
民家の瓦屋根やビルと同じように、ただの町の当たり前の風景のひとつだったのだ。
毎月21日に開かれる弘法市は、何度か訪れたことがあるが、建物の中には入ったことがなかったかもしれない。
そう思いながら、窓口で拝観券を購入した。
一番に特別公開中の五重塔に向かった。
近くで見ると、迫力がある。
すくっと空に向かって建つ姿は優美だ。
何の前知識もなく、五重塔の中に入った。
心柱を大日如来に見立て、その周囲には、如来、菩薩、曼荼羅図。
壁や天井にも細やかな絵が描かれている。
年月とともに剥落しているが、当時はかなり華やかだったことだろう。
黒い五重塔の外観からは想像できない、極彩色の別世界だった。
五重塔を出て、金堂、そのあと講堂へと向かった。
講堂の中は、21体の仏像が、曼荼羅図のように配置されている。
立体曼荼羅だ。
薄暗い中に入ると、21体の仏像に圧倒される。
ほかに4、5人いたが、それぞれが仏像に見入っている。
中央の大日如来の前にも女性が立っているのが見えた。
静かな空気が漂っている。
東の入り口付近の梵天像に近づいた。
整ったお顔立ちは、どこかでお会いしたような気がする。
誰かに似ているのかもしれない。
なぜだか、懐かしいような気がした。
左前方からしか見ることができない。
もっと近づいて、横から後ろから眺めたいと思ったけれど、それ以上は近づけなかった。
ゆっくりと、他の仏像を見ながら中央の大日如来の前まですすんだ。
大日如来の前は、少しだけ窓から日が差し込んでいた。
その前で合掌して大日如来をみつめている女性がいた。
私もその横で、同じように合掌して前を通り過ぎた。
仏像はそれほど詳しくはないので、はじめて名を聞く仏像もあった。
そして、西の端の帝釈天の前で止まる。
さっき、五重塔でガイドが、「イケメンの仏像」で人気だと教えてくれた。
確かに美しいお顔立ちだった。
そのまま、西側からも出れるのだが、また来たところを引き返してもう一度、ゆっくり仏像を見ながら東へと戻った。
どういうわけか、私は梵天様が気にかかる。
じっくりお顔を拝見して、それからもう一度、順番に西へと仏像を見ながらすすんだ。
ひとつひとつ丁寧に見ても、それでも何か大事なものを見ていない気がした。
もう一度、もう一度と何度も行き来を繰り返した。
その間も、合掌しながら少し離れて大日如来をずっと見つめる女性を、私は遠くからそっと見ていた。
大日如来の前で合掌していた女性は、拝んでいたのか、願い事があったのか、あるいは何かを祈っていたのか、とその横顔を今でも時々思い出す。
その女性を思い出すと同時に、講堂の仏像たちに再び会いたいと思う。
いや、私が会いたいのは、あの梵天様なのだ。
なぜ惹かれるのかわからない。
わからないけれど、だからこそ、もう一度会いたいと思うのかもしれない。
