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念願かなって二度目の角館

角館は、秋田新幹線の停車駅でもあるので観光に便利な場所になりましたね。数十年前、新幹線も通っていないころに行った時から、もう一度行きたかった角館。解体新書の挿絵を描いた小田野直武氏の展示を、もう一度、ちゃんと観たいと密かに願っていた角館。それが秋田旅のきっかけでした。

角館といえばこの景色(石黒家の板塀)

数十年前に角館の武家屋敷を見学し、そこで教科書で見た解体新書の表紙(の展示)を見つけた時は、それはもう驚きでした。
江戸から離れた角館でどうやって解体新書をつくる手伝いをしたの?なんで武家屋敷に解体新書?とアホな疑問で頭がいっぱいになりました。
答えは簡単、小田野直武は挿絵を描くために角館藩から江戸屋敷に来ていたんですね。

解体新書を著した新井白石や前野良沢も苦労しましたが、解剖が許されなかった時代に内臓のイラストを描く大仕事に抜擢された小田野直武も大変だったことでしょう。
優秀な人は、今も昔も江戸(東京)に集中するんだなと漠然と思う。ちなみに直武さんを発掘したのは平賀源内みたいですよ。
歴史の教科書には(ちょっとしか)登場しなくても、偉業を成している人はたくさんいる、もったいないほどの才能が日本中に散らばっていたと思わされる一人です。

予想していたよりイケメン
見学できる武家屋敷「青柳家」
ここにある蔵の一つで小田野直武の展示をしています

青柳家の展示を観ていると、すべての品が大切に使われてきたことが伝わります。武具はもちろん高級な食器から普段使いの日用品や台所用品など、丁寧に保管され、一つ一つが大事に丁寧に使い込んであります。
適当に安いものを買って飽きたらポイ、今とは生活の質が違います。

展示の一部
教科書でお馴染み、解体新書の表紙絵
「秋田蘭画」と呼ばれる小田野直武の絵

偉業を成しとげた直武ですが、失脚し(諸説いろいろ)、角館に戻り亡くなります。残念ですが、芸術家なので作品が残り、名前も残り、現代の私たちに「おー!この人が解体新書のイラストレーター!」と感動を与え続けてくれます。

小田野家
当時とは違う場所に移っているそうですが、あります。

数十年前は、じっくり見学することができなかったので、今回はゆっくりと記憶と照らし合わせながら見学しようと意気揚々と行ったのですが、何も記憶が蘇りませんでした。むしろ新鮮で良かった。
駐車場が同じ場所だったことだけは、記憶のまま。変なところを覚えているもんです。








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