杜の都の男前 島内宏明さんを知っているか。
※当記事は2020年6月に前身のnoteへ掲載したものです。記事内の情報は現在は異なる可能性がありますのでご注意ください。
いつの間にか「沼」にハマっていた。
プロ野球を見始めて以来、「沼落ち」するのは久々のことかもしれない。
今回は、東北楽天ゴールデンイーグルスの背番号35、島内宏明選手について語りたい。
今は亡き星野仙一元監督にかわいがられた「明治魂」を抱くこの男は、イーグルスにとって欠かせない存在だ。
喪失感からの新たな出会い
彼を熱心に応援するようになったのは、2018年頃だったかと。
「MyHERO(※)」をどの選手に設定するか悩んでいた時期でもあった。
その前年のオフ、当時のMyHEROだった金刃憲人さん(現・球団職員)が戦力外通告を受け現役を引退し、「来季はどうしようか…」という「金刃ロス」と向き合いながらも、必ずや訪れる新たなシーズンに向けて気持ちを切り替えようとしていた。
※MyHERO…楽天イーグルスでは、推しの選手を意味する。

記憶が定かではないが、春季キャンプ前に開かれた観戦仲間との新年会がターニングポイントだったかもしれない。
席上では「島内宏明さんは武士のような男前」説が盛んに飛び交っていた。
耳を傾けると、「島内宏明さんはすごい!」「男前!」「武士のようなバッティングだ!」「アウトカウントの確認がたまらん!」など、熱心な島内宏明さんファンによって語られた魅力が、大きな決め手となったのかもしれない。
酒も進んでいたこともあり、翌日に改めて「島内宏明」というプロ野球選手にじっくり向き合ってみた。
YouTubeに掲載されている過去のプレー動画や、試合で撮影した写真を丹念に見返すうちに、「あ、これはたまらん…。応援したい!」と、自分自身の気持ちが大きく揺さぶられた。
こうして、My HERO・島内宏明はこのタイミングで誕生することになった。
2018シーズンは、昨季の躍進からリーグ優勝も狙えると、開幕前の順位予想では高評価を得ていた。しかし、実際にフタを開けてみたらリーグ最下位でフィニッシュ。当時の監督・梨田昌孝さんがシーズン途中に辞任を発表し、その後ヘッドコーチの平石洋介さんが監督代行を務めるなど、最初から最後まで波乱づくめの一年だった。

このシーズン、島内さんは故障に苦しむ時期があった。
1軍では、初めて4番打者として起用された試合(4月19日 vs ホークス)で右内腹斜筋を痛め、2カ月程度の戦線離脱を経験。復帰後は「タナモギアイランド」の打順形成により3番打者として定着。
自己最高となる打率0.292をマークし、2年連続で二桁本塁打を記録するなど、イーグルス打線の核となる存在に成長した。
怪我で一軍から離れている間、ファームの試合にも足を運んだ。
市原は遠かったが、行ってよかったな。

愛が高まり、応援用ゲーフラを作る
2019シーズンは、グッズを数多く購入するようになった。
ホーム・ビジターのユニフォーム、リストバンド、選手応援タオル(MyHEROタオル)はもちろんのこと、ついには自作グッズにも手を出すようになった。
そして、ゲートフラッグを制作することになった。
サッカーの試合ではよく見られる、サポーターやファンが両手で持つ旗だ。
日本のプロ野球では掲げているファンは多くはないが、ジワジワと増えているように感じる。
応援を目的にファンが何かを自作する場合、応援メッセージボードを作るケースが多いという印象がある。
もしくは応援タオルもだろうか。何を作るかはさまざまだが…。
いや、自分はちょっと違ったことをしたいと、愛が気持ちを動かした。
応援ボードでも、応援タオルでもなく、ゲーフラだ!
はじめてのゲーフラ作りが始まった。
手始めに、スタジアム各球場のスタジアムルールを把握することから始めた。
ゲーフラはそもそもサイズが大きいため、掲出して応援するには各球場のルールに従わなければならない。
大きすぎると没収されてしまう。
各球場によってルールが異なることは以前から理解していたが、各球場のサイズに合わせて作ると、どうしてもかなり小さくなってしまう…。
検討を重ねた結果、ビジターの外野席での応援機会を考慮し、ZOZOマリンスタジアムのルールに準拠したサイズで制作することにした。
ここ数年はカメラ撮影の関係で観戦の大半が内野席となっているが、ZOZOマリンでの観戦時はビジター外野席に座りたいというこだわりがなぜかある。
実は2018年の段階で"β版"としてゲーフラを作っていた。
来季からの正式導入を見据え、紙素材で制作したが、やはり壊れやすかった。
手元に写真がないのでビジュアル面での紹介はできないが、実家のどこかで眠っているので機会を見つけて紹介したい。
そして、こちらが制作したゲーフラだ。

"男前島内"のコピーと、島内さんのプレー中イメージを組み合わせたレイアウトにした。
ゲーフラの印刷は専門店のゲーフラ工房に依頼した。金額は10,000円程度だったと記憶している。デザインはIllustratorでコツコツと制作した。
島内さん本人に、久米島春季キャンプでゲーフラを見せる機会があった。
照れていたが、金のフェルトペンでサインを入れてくれた。
本当に嬉しかった。その後に飲んだオリオンビールが勝利の美酒のように美味しかった。
しかし、今季はCOVID-19の影響で外野席での応援ができるかどうかは未だに不透明だ。
いつになったら今季初のお披露目ができるのだろうか…。
ちなみに、ゲーフラを作った2019シーズンは、4番打者としても起用される機会が多い一年だった。
Wikipediaにはこんなエピソードが記されている。
イーグルスにドラフト経由で入団した生え抜き選手が開幕戦に4番で出場するのは球団史上初となった。4番でスタメン出場した4月20日の第2打席で通算45本目の第1号2ランを放ち、日本プロ野球11人目の全打順本塁打を達成した。
本人は「『4番は無理』打法」と報道陣にコメントを残すなど、4番打者としての起用にはあまり好意的でない様子も見受けられた。
しかし、他の打順での起用と変わらず、コンスタントに成績を残せる順応力の高さが光った。すごいぞ、島内さん。
すごいぞ、島内さん。
カメレオン打法と銘打っていた試合もあった。
もぎもぎこと茂木栄五郎さんになりきって合わせたらしい。
我々を賑わせた島内語録はまだまだあるので、後ほど紹介したい。
三十路を祝う、今年の久米島
今年の2月に沖縄の久米島へ足を運んだ。もちろん、イーグルスの春季キャンプの見学が目的だ。
新型コロナが世間を騒がせる前だったため、時期的に穏やかに見学できたのではと思っている。
この時期、島内宏明さんは毎年節目のタイミングを迎える。
そう、2月2日に誕生日を迎えるのだ。
キャンプ中には、チームメイトから手荒く祝われるのが恒例行事だ。
しかも、今年の誕生日は一味違ったものになりそうだ。
節目となる"三十路"を迎えるのだから。
通称"男前島内会"と呼ばれる、島内さん好きの同志たちも久米島に行くとのことだったので、
"誕生日どう祝うか問題"をキャンプ前に話題にしてみた。
「何かやりたいね!Tシャツでも作りますか!」
ほう…Tシャツか…推しのアイドルの生誕祭のような熱気だな…。
これはこれで面白いと思い、賛同してTシャツを作ることにした。
余談だが、私は10代前半から中盤にかけてハロープロジェクトの熱狂的なファンだった。
特にメロン記念日が大好きで、当時住んでいた仙台で開催されるライブにも足を運ぶほどだった。
開演前に会場周辺を見渡すと、より熱心なファンたちがオリジナルTシャツを着ているのを見かけた記憶がある。
今回の取り組みは、それに近いものを感じていた。
さらに、タオルも作ることになり、入稿から数日後に自宅に届いた。

開封の儀の際、思わず笑ってしまったので、ここだけの話にしておこう。
そんなこんなで、"ガチ勢"としての感触を思い出しつつ、久米島行きの準備は出発直前まで続けられた。
そして"祭り"当日。
2020年2月2日(土)、島内さんは30歳の誕生日を久米島で迎えた。
この日の天気は快晴で、まさにお祝い日和だった。

毎年恒例の誕生日会は、日中にゲリラ的に行われることが多く、具体的な時間を把握するのは難しい。それでも、番記者さんなどの会話を通じて、ある程度の時間をキャッチすることができた。
正午過ぎだっただろうか、その時がついに訪れた。
久米島野球場の正面エリアには、報道陣やファンが多数集まっていた。
今か今かと"主役"の登場を待つ間、沖縄の蒸し暑さ以上の熱気が漂っていた。

私たちもTシャツを着て、タオルを首に掛け、その時を待っていた。
その場に集まっていた報道陣の方々も、次第に私たちの存在に気づき、Tシャツやタオルについて色々と質問されるようになった。(その様子を放送したNHK仙台放送局のニュースによれば、「Tシャツを自作した熱心なファンが-」と紹介されていた。)
しばらくすると、主役が登場し、最初は普通に囲み取材が始まった。
三十歳を迎えるにあたっての意気込みなどが聞かれ、"誕生会"はごく普通に進行していった。
しかし、普通で終わらないのが誕生会の魅力である。

囲み取材会場の脇から、鈴木大地さんと田中和基さんがバースデーケーキを持って登場した。ケーキにはローソクが立てられており、島内さんが火を吹き消した後、鈴木大地さんがケーキを食べさせるなど、温かい雰囲気でチームメイトから祝福を受けていた。


この光景だけでも、何杯ご飯が食べられるだろうか。
島内さんファン冥利に尽きる瞬間である。
その後、誕生会はクライマックスを迎える。
同じ外野手で親しい仲の田中和基さんが、何かを企んだような表情で…。
ケーキを…

バーンと…

ぶつけ…

島内さん「やられたー!」
田中和基さんは、してやったりといった表情を見せた。

"誕生会"は強烈なサプライズによって幕を閉じた。
その後、練習を終えた島内さんに声をかけ、自作のTシャツとタオルを手渡し、久米島でのミッションを無事コンプリートすることができた。
球史に残る? 島内語録
島内さんがヒットを放った際のコメントは、いつも注目の的だ。
前述の「『4番は無理』打法」以外にも、ウィットに富んだコメントが多く、記事を読むたびに「ふふっw」と思わず笑ってしまうことがある。
そんな"島内語録"のいくつかを紹介したい。
2018年、日本中が盛り上がったサッカー・ロシアW杯の時期に、母校・星稜高校の先輩である本田圭佑選手にコメントを寄せた記事があった。
「ワールドカップまで飛んでいけ! 1、2の3打法です」
島内△と叫びたくなるほどの"無回転コメント"だと思っている。
この記事を初めて読んだ時、「その視点で来たかー!」とつい唸ってしまった。
今年にはこんなエピソードもあった。
コロナ禍によるチーム活動休止期間中の近況報告について。
「(チームメートの)山崎幹史(つよし)選手にタイミングの取り方、逆方向への飛ばし方、2ストライク(後の)アプローチの仕方など電話を通していろいろと教えてもらいました。後輩ですが自分のバッティングの師匠なので、後輩からも吸収できることは吸収していきたいです」
山崎幹史さんは年齢が離れた後輩だが、"バッティングの師匠"として後輩からも貪欲に学ぶ島内さん。ほかにも、実家が石川県でネギ農家だと明かしたり、嵐が好きだとアピールしたりと、"ネタ満載"の彼は、その当時野球や島内不足だった私たちを大いに楽しませてくれた。
このほかの"島内語録"は、NumberWebに最近配信された記事に多数掲載されている。ぜひ読んでみてほしい。
大学の大先輩の前で見せたボーンヘッド
島内さんのプロ野球キャリアは2012年に始まった。前年の秋に行われたドラフト会議で、イーグルスから6巡目で指名を受け、交渉の末に入団が決まった。
指名順位は高くなかったものの、明治大学出身という点に着目し、「ほう、星野さんの秘蔵っ子か。これは期待できそうだ」と、自然と大きな期待を抱いていた。
当時監督を務めていた星野仙一さん(故人)とは明治大学出身つながりであり、イーグルスではあまり見られなかった、星野さんならではの"かわいがり"が見られそうだと、正直ワクワクしていた。

2012年、ルーキーイヤー。記念すべき開幕3連戦は、球団史上初の本拠地開催となった。オープン戦での活躍が評価され、幸運にも開幕一軍でスタートを切った島内さん。
しかし、試合中に球場が騒然とするほどのボーンヘッドを犯し、その結果、星野さんを呆れさせることとなった。
星野さんが「あんなの―」と称すほどのプレーは何だったのか。
開幕3連戦の3戦目。その時点でイーグルスは2連敗を喫しており、カード最終戦も厳しい展開を迎えていた。逆転を狙うイーグルス。試合終盤の8回裏、無死満塁で同点のチャンスに三塁走者としてホームを狙っていた島内さん。打者・中村真人さんの打球はライト方向へ飛んだ。十分にタッチアップできる打球だったが、島内さんは前のめりになって走れず、得点を挙げることができずに終わってしまった。
このプレーを現地で見ていたが、一瞬何が起きたのか分からないほどだった。「どうしてこうなった…」と頭の中で繰り返し、悶々とした気持ちを抱えていたことを今でも覚えている。

明治大学の大先輩であり、我が軍の指揮官がベンチで呆れた表情を見せる中、走塁ミスを犯してしまった島内さんは、こうコメントを残した。
「(三塁手の)今江さんに隠されて、打球を見ようとしたら足が離れてしまった」
試合後のコメントを読んで、思わず驚いてしまった。「お、おーい!」と。 今江さんに隠され…!隠され…!?
「ちょっと何言ってるか分からない」と、サンドイッチマンの富澤さんのような反応を画面の前で取ってしまった。
ネットでの論調も大いにザワついていた。あの"なんJ"でも、このコメントがWikiに掲載されているほどだ。
ちなみに、今江さんとは当時千葉ロッテマリーンズに在籍していた今江敏晃さん。巡り巡って、のちにイーグルスでチームメイトになるのは不思議な縁なのかもしれない。
怪我にはどうか気をつけて、今季を完走してほしい!
独特なエピソードを色々持つ島内さん。開幕戦から現在まで順調に見受けられるが、怪我や体調不良に見舞われず、今季を無事に完走してほしいと願うばかりだ。
新型コロナの影響で開幕が3ヶ月遅れ、過密日程を強いられるなど、前例のないイレギュラーなシーズンとなっている2020年シーズン。休養が十分に取れず、コンディション調整が難しくなる中、選手たちはどのように戦っていくか悩んでいるだろう。

2013年、イーグルスがリーグ優勝・日本一に輝いた際、島内さんは準レギュラーとして一軍に定着していたが、リーグ優勝間近の試合で守備中に肩を痛め、戦線を離脱。生でそのシーンを見ていたが、「島内さんの離脱が痛すぎる…後々まで響かなければいいが…」と悲痛な思いを抱えた。
2018年の怪我で再び戦線離脱した際には、「ああ、島内さんが離脱は大きすぎる…寂しい。」と落ち込んでしまった。チーム成績が低迷する中での離脱は、選手にとって想像を絶するダメージだろう。
下位指名でも得られたチャンスを掴み、着実にキャリアを重ねている島内さん。チームにとって欠かせない存在だけに、攻守ともに光り輝く「男前」なプレーでイーグルスの勝利に導いてほしい。

今季はいつになったら球場でプレーを見られるのだろうか。
7月10日からは観衆を入れての試合が始まるが、しばらくはチケット争奪戦が続きそうだ。
それでも、本当に、本当に、待ち遠しい。
その時、その瞬間が来るまで、我々は待ち続ける。
推しは推せるときに推そう。
熱烈に!元気に!楽しく!今季も頼んだぞ、男前島内さん!
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ありがとうございます!今後もどうかご贔屓に!