泡日記 いまいちど
美術展を見終わって1階のカフェへ行って見ることにした。東京都美術館は何度か一人で来ているけれど、普段はショップを覗いて帰るだけだった。夕方までには時間があったし、見終わったばかりの展示から受けた余韻が、ハンカチが濡れて沁みていくみたいに残っていた。もう少し此処で時間を過ごしたい気分だった。
カレーとアイスコーヒーを注文して、ちょうど空いた一人席へ滑り込んだ。平日のお昼過ぎだけれどそれなりに混んでいる。隣の人の皿の食べ残りをアクリルの衝立越しに横目で見て、(おんなじ…)と思う。賑やかな席は年配のグループが多いようで、ひときわ声の大きいお爺さんがテーブルを回って珈琲のお代わりを募っている。さっきから番号を呼ばれているのに気がついていないのは、ひと組前に並んでいた叔母さま達だ。周りを眺めながらぼんやりしていると自分の番号が呼ばれた。
不在……
不在から生まれる存在…
甘めの味付けのカレーがさらさら喉を過ぎていく。急ぐつもりはないのに、身についた早食いの習慣は抜けないようだ。多分頭で別のことを考えているからなんだろうな。付け合わせの揚げた蓮根をスプーンで掬ってカレーに浸してみる。
対象をそのままに描かなかった画家の表現に刺激されて、久しぶりに言葉やら思考やら、画像が浮かんでくる症状にどうやら見舞われているのだった。
頭と口の器官が離れてそれぞれが仕事をしている。
私はあの揺れる銀の髪について思い、過ぎ去った二年について思う。
存在の居なくなり方について。
ぶち当たり続けた少年との危うい日々について。
結果として身についた早食いについて。
読む、書く、見ることをしなくてもなんともなかった事について。
泣かなかった二年について、思う。
蓮根は程よく味が沁みこんで喉元を過ぎていった。
右の席が空いたのでなんとなく視線を移した。片付けられたテーブルが、窓の光に反射して明るみを帯びていた。周りの話し声も、食器が擦れ合う音も、人が私が思うことも、此処の時間を各々専有している。
暫く薄く光った面を見つめていると、右頬が暖かくなったので動揺した。
涙がつたって落ちていた。
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