経産省の「成長投資ガイダンス」が素晴らしい!
AK0276(8月2日に若干書き足しました)
最近、経済メディアが「経産省が7月に公表した成長投資ガイダンス」を引用する例が見られるようになってきました。
成長投資ガイダンスは経産省が7月21日に公表したもので、次のリンク先から入手できます。
資料1 成長投資ガイダンス (75ページ)
資料2 成長投資ガイダンス エグゼクティブサマリー (11ページ)
資料3 成長投資ガイダンス データ集(抜粋版) (25ページ)
資料4 成長投資ガイダンス データ集 (83ページ)
この内容は素晴らしい!
かつて伊藤レポートは、ROEに焦点をあて、ROEが株主資本コストを上回ることが企業価値創造の条件だとして、企業にROEの向上を要請しました。
今回の成長投資ガイダンスでは、Economic Profit(EP)を価値創造の中核概念とし、ROICがWACCを上回ることが企業の価値創造の条件だとして、企業にROICの向上を要請しています。
成長投資ガイダンスではEPを次のように説明しています。(資料2のp3)

成長投資ガイダンスはこのEPを中核(骨組み)として、企業価値創造を論じています。「お上はまた、新しい指標を持ち出して!」と思うかもしれませんが、EPやROICスプレッド(ROIC-WACC)は、本格的な企業価値評価本では必ず紹介されている定番の手法です。
「ROE-株主資本コスト」から計算される価値創造量と、「ROIC-WACC」から計算される価値創造量は、正しく計測されれば同じです。
インド発祥の寓話「群盲象を評す」で、耳に触れた者が「大きなうちわのようだ」、足に触れた者が「太い柱のようだ」、胴体に触れた者が「大きな壁のようだ」と言ったとしても、実は同じ象であることに変わりはありません。
企業の価値創造について貸借対照表を右側からみた(資金調達サイドからみた)のがROEと株主資本コストで、左側からみた(資産サイドからみた)のがROICとWACCです。企業の価値創造量は、右からみても左からみても同じでなければなりません。
ROEスプレッド(ROE-株主資本コスト)が正であればPBR>1となり、負であればPBR<1となることは、最近ではよく知られるようになりました。ROICスプレッドについても同じで、正ならPBR>1、負ならPBR<1です。逆にPBR<1なら、それはROIC<WACCの反映であり、企業が投資家の最低限の期待にも応えられておらず、投下資金に価値毀損を起こしているということです。
企業の現場で活動している社員からすると、会社全体のROEと株主資本コストでは自らの活動との関連性が遠くてピンときません。一方、自らの活動の前提となっている投下資産と、そこから生み出される利益の率(ROIC)の方が、身近で具体的なイメージが湧き、頑張り甲斐があるはずです。そういう意味で、ROICとWACCの組み合わせの方が企業価値創造指標として好ましいでしょう。
このようなEPを現実に経営の指針としている上場企業は既に存在しています。一例を挙げると、ピジョンです。本年8月7日に開催された「第2四半期 機関投資家・アナリスト向け説明会」で使われた決算説明資料のSlide34-36をご覧ください。同社はEPをPVA(Pigeon Value Addedの略だと思う)と呼び、PVA=NOPAT-投下資本×WACCとしています。その上で、NOPATと投下資産を現場活動に結びつけるように要因に分解しています。

なお、今回のガイダンスには記述がない(あるいは、あるけど強調されていない)かもしれませんが、本当は、事業ごとにROICとその事業の資本コスト(WACCに相当するがWACCではない。事業ごとに値が異なるアンレバード株主資本コスト)があり、その差が価値創造に直結します。事業投下資産×(事業ROIC-事業資本コスト)の大きさに従って、拡大する事業と縮小・撤退する事業を振り分けていくことが必要です。各事業の資本コストの加重平均が全社のWACCです。事業ごとに価値を創造しているかを判断するのに、資本コストとして全社WACCを使うのは間違いで、その事業の資本コスト(アンレバード株主資本コスト)を使わなければなりません。注1)
経産省の成長投資ガイダンスの内容を、現場の事業活動に実装できる社員と部課長、ガイダンスの要点を理解し現場の価値創造を統括できる執行役員とCFO、要点の要点を理解しているCEOが率いている企業こそが、効率的に企業価値創造をできましょう。
CEOやCFOが、EPやWACCという言葉を聞いたことがないとか、聞くと頭が痛くなるというような企業に未来はありません。
以上です。 (了)
注1)この点については、新井富雄「資本コストと企業価値評価シリーズ[第1回」 資本コストとは」、証券アナリストジャーナル、2019年7月号の「図表2リスクと資本コスト」の説明をご覧ください。

