「ひとつずつ」しかこなせない。けれど、それが心地よい
気がかりだった話を、今日、ある身内に伝えることができた。
その話をするかどうか迷っていたし、自分自身がどうなのよ、
という自己批判もちょっとくっついていて、面倒に感じていた。
だが、伝えておかないと、これから先の人生、
何が起こるかわからない。
家族のことで、その人にも協力を仰ぐ日が将来、
やってこないとも限らない。
その場合、私の立場はこうであり、あなたにはこうあってほしい、という点を、どうしても伝えておきたくなった。
今の、このタイミングで。
その人はある程度、内情を知っているため、
幸い私の話にも理解を示してくれたし、
あくまでもこれは私の立場からの「ものの見方」であることも、
すんなり相手に伝わった。
そして、そういう年齢に自分がなったことも改めて感じた。
その人に、そういう話ができるようになったことにも
時の経過を感じて、しみじみした。
願わくば、今日、話したような事態が
最悪の形で怒らないことを祈る。
不幸せは、少ないほうがいい。その人にとっても、
私にとっても。
ひとつずつしか進めないもどかしさはあるけれど、
ひとつずつ確実に、じっくり考えてポイントを抑えて
行動できるような自分になったことにも、感謝している。
マルチタスクは本来、私の性分ではないのだろうな、とも感じた今日である。
Photo by Bruno
https://pixabay.com/photos/clock-pocket-watch-clockwork-3179167/
