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ドリアングレイ 現世界の肖像

浮世を離れる週末、惰眠を貪った後、質素なブランチをお昼まじかにとる。コーヒーの芳醇な香りに満ち、チョコレートなど甘味を添えて、脳が覚醒していく至福の味わい。平日の仕事帰りに行きつけのバーで、数あるボトルから気ままな銘柄の選定が愉しみ。冷涼なウィスキーが喉を潤し、神の雫が疲れた身体に沁みわたる恍惚感。年初のセレクトは、厚岸蒸留所の二十四節気シリーズ「小雪」。マイルドなピートを纏い、ほんのりと「ゆず」の酸味と「はちみつ」のまろやかな余韻に浸る。こんなひと時が、小さな幸せとなり久しく、ストイックな快楽さえ、生きている恩寵なのだ。

I adore simple pleasure. Thay are the last refuge of the complex.
「単純な快楽なら大歓迎だ」「それは複雑な人間の最後の避難所なのさ」

Oscar Wild - 'The picuture of Dorian Gray'  Chapter Ⅱ

さて年始から、オスカー・ワイルド奇譚の名作「ドリアン・グレイの肖像」(Penguin Classics原書と新潮文庫 福田恆存訳)を読んでいた。善良な美青年だったドリアン・グレイは、言葉を巧みに操る貴族ヘンリー・ウォットン卿に感化され享楽に耽り堕落する。画家バジル・ホールウォードの描いた自分の肖像画に「身代わりに老いてくれるなら、魂を売ってもいい」と願いを掛けると、初恋の純真な舞台女優シビルを冷酷に捨てた後、奇怪な現象に慄くこととなる。彼は瑞々しい若さと類い稀な美貌を永遠に保つが、肖像画の方は、邪念や背徳が滲んで醜悪な姿へと化していく。19世紀末イギリスのゴシック・スリラー小説は、新春に相応しくなかったが、ベネズエラ奇襲しかりドナルド・トランプの無茶苦茶さにふと風刺がよぎる。

強国の放埓な為政者たち、トランプ、ネタニヤフ、プーチンらの肖像画を、バジル・ホールウォードに描いてもらいたい。もし辺境の薄暗い屋根裏部屋に隠されていたなら、さぞかしおぞましいことになっているだろう。人民を治める高位の者こそ、ノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige) の精神で弱者を気遣い救うべきだが、ヘンリー卿が唆す逆説的詭弁「誘惑を除き去る方法はただひとつ、誘惑に負けてしまうことだけだ」“The only way to get rid of a temptation is to yield to it.”のように私利私欲に溺れる。ワイルドの生きた時代から二つの世界大戦を経て、いまも戦渦は絶え間なく、21世紀前半も人類の無明は変わり映えしない。

外見では見えない魂の顔がある「きみの魂を覗きたいが、それは神のみがなしうること」 ' I should have to see your soul, but only God can do that '  物語の核心へと迫る第12, 13章のくだりには、身震してしまう。ふだん鏡をろくに見ない私も、歳月を重ねた人相が健全か、刻まれた皺・弛み・歪みを見返してみた。ドリアンを貶めた黒幕はヘンリー卿の魔性にあり、手を汚さずに誑かす話術は、他者の魂にまで影響を及ぼすのだという。溢れる情報に欺瞞が満ち真相が曇る社会、人が人々を惹きつける力ほど魔訶不思議なものはないと思えてくる。

'Have you really a bad influence, Lord Henry?  As bad as Basil' say?' 
'There is no such things as a good influence, Mr.Gray.All influence is immoral'
'Why'
'Because to influence a person is to give him one's own soul. He does not think his natural thoughts, or burn with his natural passions. He becomes as an echo of someone's else' music, an actor of a part that has not been written for him.    
「ヘンリー卿、あなたは本当に人に悪い影響を与えるのですか?バジルが言うようにひどいのですか?」
「いいですか、グレイさん、良き影響などというものはあるはずがない。影響はすべて不道徳なものだ。」
「なぜですか」
「他人に影響を及ぼすというのは、自分の魂をその人間にに与えることにほかならないから。影響を被った人間は、自分にとって自然な考え方もしなければ、自然な情熱で燃え上がることもない。その人間は、だれか自分以外の人間が奏でる音楽のこだまとなり、自分のために書かれたものでない役割を演じる俳優となる。」

Oscar Wild - 'The picuture of Dorian Gray'  Chapter Ⅱ

清廉潔白、品行方正な道徳は、あまりに退屈でつまらないのだろうが、人間の魂が集うこの劇場は、常軌を逸した残酷な悲劇への集客をし過ぎてきた。いや、厭世観を纏わないものの、ただ、株価・不動産が沸騰、絶大な権力が驕り高ぶり、不穏な気配へと潮目が変わらないとよいのだが。トランプは自分のエゴ(虚栄だろう)を満たすために大統領選を戦ってきたと公言した。人心掌握を生業とする政略家は、(故半藤一利氏の言葉をお借りするならば)どうか決して「国民的熱狂を作ってはいけない」、衝撃的な結末は小説だけで味わえばよいのです。

バラ色の血が滴る耽美な哀調でワイルドの綴る美文に、U.K..ニューウェイブDepesche Mode バラード「A Question Of Lust」を贈りたい 。学生の頃、千代田区一番町マンションに住むサークルの異色な令嬢が好んだアルバム「Black celebration」(1986)。ボーカルのデイブ・ガーンに代わり、作詞のマーティン・ゴアが、やるせない退廃と危うい情欲を甘美に歌い上げる。

Fragile, like a baby in your arms
Be gentle with me, I'd never willingly do you harm
Apologies are all you seem to get from me
But just like a child, you make me smile when you care for me
And you know

It's a question of lust, it's a question of trust
It's a question of not letting what we've built up crumble to dust
It is all of these things and more
That keep us together

Independence is still important for us, though
(We realise)
It's easy to make the stupid mistake of letting go
(Do you know what I mean?)
My weaknesses, you know each and every one
(It frightens me)
But I need to drink more than you seem to think before I'm anyone's
And you know

It's a question of lust, it's a question of trust
It's a question of not letting what we've built up crumble to dust
It is all of these things and more
That keep us together
Kiss me goodbye
When I’m on my own
But you know that I’d
Rather be home

A Question Of Lust  by Depeche Mode (Album "Black Celebration" in 1986)
北海道(道東) 厚岸ウイスキー 24節気シリーズ
馴染みのバーマンが揃えてくれました

※トップ画像:新潮文庫「ドリアングレイの肖像』 勝本みつる氏の意味深な表紙デザインに魅かれます。

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