はじめての管理職 そして大企業による買収
自己紹介エントリーの”いままでやってきたこと”の順に沿って記事を書いていきます。
自己紹介エントリー
本質からズレた昇格
上司や部長に踏み絵をした私は退職ではなく、上司と同列の役職にひとつ昇格することになりました。
その昇格の中でもやはり、本質からズレた采配がなされていたことは最終的にこの会社に居られなくなった遠い原因になっていると今では思います。
私の昇格が発令される際に隣の部門のリーダーも”バランスを取るために”という理由で昇格し。事業所の中で個別部門として分解されたのでした。
顧客への価値提供を念頭におかず、社内政治に主眼を置いた人事であることは明らかでした。 “黙らせるには出世欲を満たせばいいんだろ” という投げやりな印象を受けて全くいい気持ちにはなれませんでした。
踏み絵ふませたんだからそれはそうか。
ベンチャーってこんな感じなの。。? とモヤモヤは募る一方でした。
はじめての管理職
あまりいい後味はしない昇格人事があってからは部下たちからすれば関係ないこと。
ステークホルダに価値提供に向けた組み立てを行うことに集中しました。
部門として必要な損益分岐点と見込みを棚卸しし、本社の営業部門に掛け合ってやりたい案件の申し入れと営業同行に向けた資料の作成など。
高スキル者を配属してもらえなかった部門なので、技術ありきの戦い方ではなく。
“自分たちの仕事は自分たちで作っていく”を念頭にできる範囲と少しチャレンジする範囲を決めながら。
“すこしずつできることを増やしていく。”
そんなチームビルディングを行いました。
“ここはベンチャーだから” “大企業みたいな仕事の仕方” など、いろんなことを言われましたが。”やらない理由にはならない” と鼓舞しながら。
(私の)組織はだんだん結束していきました。
結果の積み上げと比較優位
(私の)組織は結束し、モダンな開発やアーキテクチャに関しては不得手としていたものの、お客様の業務に直結する部分や説明を尽くして合意形成を丁寧に行なっていく性質の仕事。
長期にわたる取り組みが必要な仕事に関してやりきれる足腰の強い部門になっていました。
これらの仕事はエンジニアには好まれるタイプではなく、部門の生存戦略として下記のような属性の仕事か中心となってきました。
他がやりたがらない仕事
他が断った仕事
利益にはつながりにくいけどやりきらないといけない仕事
やりきれなかった仕事
とにかく、自分たちができること。貢献できる分野に絞って。結果の積み上げていきました。
次第に部門としてのブランディングも確立されていき、特別な仕事たちが入るようになりました。
失敗できない重要な仕事
やりきって欲しい仕事
評価に繋がりそうなごほうび案件
こうなる頃には、部門としてのブランディングは他とはちがう。一目置かれた存在になっていたと思います。
比較優位にうえにたった評価が裏付けられていきました。
が、この評価は裏腹に。他部門ができない部分にマウントをとった比較優位性の上に成り立っており。
最終的に私が退職することになる原因にもつながっていきました。
大企業による買収と組織改変
これまでの経緯があった裏で、私の所属していたベンチャーは大企業に買収されることが決まりました。
大きな変化はないとの説明はありましたが、やはり。枠組みが変われば影響が全くないわけではありません。
組織改変による大枠の変化。
それにともなう上司の退職があり、その後任の上司もまた。そしてその後任の後任の上司も退職することになります。
私個人に対するマネジメントは置いてきぼりの状態が続きました。
比較優位の上に立った評価では、仮想敵がいなければ存在の証明はできません。
他部門ができない案件をこなしていくことに使命感を持っていた部門は次第に他案件がやらないための手段として扱われ。(そうではない見え方もあったと思いますが、受け手としてはそうは思えなかった。)
その状態に対して、自部門は他部門を敵視をする。
よくない空気感が醸成されていきました。
そして私は売上目標という数字の進捗に追われ、顧客に対する価値提供の目線が霞むほどに荒んでいきました。
ただ、それも含めて役職の上での役割だから仕方ないと。サラリーマンとして立ち続けなければいけないと。 飲み込んで日々を過ごしていました。
コロナ禍
このころWHOが緊急事態宣言を行い。コロナ禍が発生。
世の中は人との物理的距離をとり、感染拡大の防止に向けた3密防止の活動が広がりました。
職場に関してはリモートワーク主体となりました。
フルリモートによる環境の中で、売上目標という数字の進捗に追わる状況が続きストレスを抱えながらマネジメントをすることに限界を感じていました。
自分のこれからの展望すらトレードオフにして組織に無理にコミットしている部分に関して、それが正しいのかを相談できる状態ではなく。
孤立を深めていきました。
2019年世界がコロナ禍になっていく頃のおはなし。
