【『すうじのないまち』作者インタビュー】「生き延びていることを祝福したい」濱野京子さん×ユウコアリサさん
私たちは、記念すべき第一作『すうじのないまち』を出版します。
アノマーツ出版は、発達障害や不登校をモチーフに、絵本や児童小説をつくる出版社です。物語で表現することで、発達障害や不登校のことを読者に楽しく知ってほしいと願っています。そして、困りごとのある人や家族と社会を、カルチャーでつなぐことを目指しています。
本作『すうじのないまち』でモチーフになっているのは、発達障害の一種である算数障害。算数障害のある人は、数の概念形成や数の操作、知識をうまく行うことができず、独特の困りごとを抱えます。しかし、算数障害についてはまだまだあまり知られていない現状があります。
本作では、題にある通り、すうじの存在しないまちが登場します。作者である濱野京子さん(文)とユウコアリサさん(絵)に、本作への思いや制作秘話を伺いました。
取材・文:遠藤光太(ペリュトン)
算数障害がわからない
児童文学作家で、本作の文を担当した濱野京子さんは、これまで小説でヤングケアラーなど、いろいろなバックボーンを持つ子どもを描いてきました。過去にアノマーツ出版が行ったインタビューでも、このように語ってくれています。
いろんな立場の子どもが登場するということは意識しています。貧困問題も切実でしょうし、外国ルーツの子どもも物語の中に登場させたい。それをテーマにして大きく取り上げるのではなく、違った家庭環境の子どもがいるのが当たり前、という風に書きたいです
しかしながら、算数障害には「接点がまるでなかった」とのこと。
「発達障害は注目されていますし、特性が多様であることもだいぶ知れ渡ってきていますよね。ただ、今回絵本の制作にあたってはじめて『算数障害という現れ方もあるんだな』と。多様であることはわかるんだけれども、私は正直に言えば、算数障害については、わからないことがわからないような状態でした」(濱野さん)
発達障害のなかで自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)についてはよく知られるようになってきた一方で、学習障害(LD)についてはあまり知られていません。
さらに学習障害は、いくつかに分類されます。読字障害(ディスレクシア)、書字障害(ディスグラフィア)、そして算数障害(ディスカリキュア)などがあり、読字障害や書字障害についてはまだまだ知られていないように思います。
発達障害のなかで学習障害はマイノリティ、そして学習障害のなかで算数障害はマイノリティなのです。だからこそ、算数障害の当事者たちや家族はその特性に気づきにくく、「努力不足だ」と思われてしまったり「なぜわからないのか」と理解されなかったりすることがあります。

子どもが不登校、そして発達障害と算数障害が判明
イラストレーターで、本作の絵を担当したユウコアリサさんは、自身のお子さんが算数障害の当事者です。最初は困りごとが「不登校」のかたちをして表れました。
「子どもが小学5年生のとき、不登校になりました。学校に行けないことがまず本当に理解できなかったですね……。『とにかく行かせたい』と、無理していろいろやってみて、小6で学校に戻るのですが……なんとか登校はしているけれど、全然ハッピーじゃない。『何がどうしちゃったんだろう』って、そのときは全くわかりませんでした」(ユウコさん)
そして、困りごとの正体が発達障害(ASD、ADHD、LD)と算数障害だったことがわかっていきます。
「親族から『この本を読んでみなさい』と言われたのが、発達障害の本でした。読んでみたら『うちの子のことだ!』と、もう衝撃で。病院に行って、検査を受けたり、小学生時代のテストを持参したりした結果、発達障害が分かり、特に算数障害の特性が濃いことがわかったんです。
算数については特別支援学級での支援が必要なほどだったのですが、『この子はすごく頑張って通常級でこの点数を出していたはずで、苦労したはずです』と言われて。いろいろと思い当たって、また衝撃を受けて、『世界がもうひとつあったんだ』『新しい人生が始まった』といった感覚になりました」(ユウコさん)
これまで物語を通じて多様な人々を描いてきた濱野さんと、算数障害のあるお子さんを育ててきたユウコさん。2人がともにディスカッションしながら、本作『すうじのないまち』の制作が進められていきました。
ファンタジーで“なんとかなる”を提示したい
『すうじのないまち』は、あくまでも算数障害の解説書ではなく、絵本であり、物語であることを大切にしています。
算数が嫌いな主人公・レイナはある日、おばあちゃんが過去に「すうじのないまち」に行った話をしてもらいます。その「まち」では、テレビのリモコンにも数字がありません。ボタンはすべて、形や色で表現されていました。カレンダーにも、時間割にも、数字がないのです。
「私たちは解説書をつくるわけではない。もちろん算数障害について知ってほしい気持ちはあるけれども、それを知らせるための絵本ではない。
これは言い方が難しいですが……実際の生活では、数字は必要なわけです。『すうじのないまち』のように数字を取っ払ってなんとかなるわけではない。
けれども、物語の世界では、どこかで“なんとかなる”と思えるようなものを提示したいという思いがあって。『算数障害というものがあるんだよ』というのは大事なメッセージなんだけれども、それを説明するのではなく、できれば『すうじのないまち』を楽しんでほしい。
おばあちゃんが『すうじのないまち』に行ったことを、自分の体験としてレイナに話すわけですよね。そのとき、おばあちゃんがあえてその話をしたことの意味は何なんだろう。あくまでもファンタジーでありフィクションである話を、子どもに提示したのはどういう意味なんだろう、と」(濱野さん)

ニューロダイバーシティ(神経多様性)のある人々に向けて
制作にあたっては、ユウコさんから濱野さんへ、算数障害に関する情報や体験談を共有しながら、物語をつくっていきました。お子さんが実際に使っているカレンダーや時計を濱野さんに見せて、説明していったそうです。
「結局、算数障害だけに限らず、ASDやADHDの特性の濃さにもよるし、その人それぞれに出方が全く異なります。だから『うちの場合はこんな特性があって、こう苦労して、こういう風に理解した』と、濱野さんにミーティングで説明していきました」(ユウコさん)
知るきっかけは、多様である必要があります。なぜなら、認知特性もまた人によって多様だからです。近年では「ニューロダイバーシティ」の概念も広まりつつあります。「障害かそうでないか」ではなく、あらゆる人が「神経多様性」を持っている、とする考え方です。
一人ひとりの認知特性、情報の得意な受け取り方、理解のスピードは大きく異なります。その違いを前提としたときに、情報発信のあり方もまた多様であると望ましいと言えます。本作が絵本であることによって理解しやすくなる人、想像力を広げられる人はきっといるはずです。
絵本を使って、物語の力で、算数障害を知るきっかけが増えていってほしいと願います。
誰もがどこかしらマイノリティ
アノマーツ出版の第一作となる『すうじのないまち』がいよいよ刊行されます。最後に、読者へのメッセージをいただきました。
「私は、誰もがどこかしらマイノリティだと知っていただけたら嬉しいです。人って、生きていくこと自体、本当に大変だなと思うんですよね。あらゆる局面で落とし穴がある。だから、こうやって生き延びていることだけで祝福できると思うんです。
多様性なんていうと流行り言葉になってしまっているけど、まずはやっぱり人それぞれにあるマイノリティ性、そして生きていることを、肯定したいですね」(濱野さん)
ユウコさんも、人それぞれの違いに注目しています。
「特性は人それぞれ異なっていて、算数障害の中でも『これはできるけどこれは難しい』と分かれていきます。まずはそれらを細かく知るよりも、絵本を通して『算数障害ってものがあるんだ』『そういう世界が存在するんだ』と伝わって、知ってもらうきっかけになればいいなと思っています。
最後のページまで読んでもらえたら、それだけで目的達成。読んでくれてありがとうと言いたいです」(ユウコさん)
取材後記
濱野さんの新刊『星の花』(静山社、2025年)では、ある国で忌み嫌われていた灰色の瞳が、別のある国ではほめられる描写がありました。同じ瞳でも、環境によって異なる捉え方をされる。この点を、僕(遠藤)はおもしろいと感じました。
数字の嫌いなレイナも、数字のない環境に行けば、困難さをなくして過ごすことができます。おばあちゃんが語ったその「まち」はファンタジーの世界かもしれないけれども、自分の嫌い・苦手を軽減できる世界があるかもしれないことを、予感することができます。
そのように環境や工夫次第で「なんとかなる」という希望を描きたかった、とインタビューでお聞きすることができました。
僕自身も、発達障害の診断を受けています。26歳のとき、はじめて自分に発達障害があることがわかり、衝撃を受けたことを強く記憶しています。26歳までは知識がなく、自分でも気づけなかったのです。
それから時間をかけて環境の調整を行い、自分にとっての「すうじのないまち」を作りながら、今は平和に暮らせています。
(詳しくは、拙著『僕は死なない子育てをする 発達障害と家族の物語』に書いていますので、よかったら読んでみてください)
「灰色の瞳」を変えることができないとしても、環境を調整し、少しずつ楽にしていくことは可能です。
そのためには、まず知ることから。
アノマーツ出版のこれからに、当事者のひとりとして期待していきたいと思います。


