神谷町の「駄駝」 学生時代の思い出 45
4年生になったら卒論を書くのに時間を割くつもりだったので、配膳会のアルバイトは辞めることにした。
1月に入って大学に行ったら、シャチョーの一派のクドーさんに会って、NHKで短期のアルバイトがあるがしないかと声を掛けられた。
クドーさんはシャチョー達からはゴクドー(極道)と呼ばれていた。
とっくに卒業したはずなのに、どうして来ていたのかわからないが、クドーさんについて愛宕山にあるNHK放送文化研究所へ行った。
そこで形ばかりの面接を受け、1月半ばからアルバイトをすることになった。
放送文化研究所の帰りは、クドーさんと2人で神谷町から新橋まで歩いた。
私は冬のコートを買うお金がなかったので(本やコンサートのチケットを買うお金はあったが)、秋物の綿のコートを着て、自分で編んだ毛糸のマフラーをしていたが、風が冷たくて凍えそうだった。
2人でタバコを吸いながら歩いていたのを覚えている。
配膳会は1月10日を最後に辞めて、翌週から愛宕山に通ったが、この時もイクコに声を掛けて、彼女も一緒にアルバイトすることになった。
私たちの他にも何人かアルバイト学生がいた。
仕事の内容は主にアンケートの集計で、それ以外にも社員から書類のコピーを頼まれることがあった。
コピーはゼロックスで取るのだが、私が行くといつも調子が悪く、紙詰まりかと思ってカバーを開けてみても、紙が詰まっているわけではなさそうだった。
自分で直せないので誰かを呼んでみてもらうと、業者に来てもらわなければならない事態になっていた。
私はただ、頼まれた紙をセットしてボタンを押しただけなのに、いきなり止まってしまって、何が悪いのかわからなかった。
立て続けに3回もそんなことがあったので、すっかりゼロックス恐怖症になってしまい、コピーを取ってきてと言われるのが怖かった。
機械は人を見るから、私がおっかなびっくりボタンを押すと、バカにして故障するのだと本気で考えたくらいだった。
愛宕山には地下鉄神谷町から行った。
帰りにイクコと2人で愛宕山の急な階段を降りていくと、桜田通りに出た所に「駄駝」という喫茶店があった。
明るい店内には2人掛けのボックス席があり、カウンターの向こうで若い男性が2人で働いていた。
私たちはカウンターの席に座り、コーヒーを注文した。
メニューにヨーグルトがあったので頼んでみたら、ガラスの器にプレーンヨーグルトを入れ、上に缶詰のミックスフルーツを乗せたものが出てきた。
小さく切った黄桃や梨やパイナップル、ぶどうや真っ赤なさくらんぼがきれいだった。
プレーンヨーグルトは今では誰でも知っているが、当時はまだ珍しく、スーパーで見たことはあったが食べるのは初めてだった。
この店は今でも同じ場所にあるが、外観はすっかり変わっている。
20年ほど前に脳腫瘍の手術をした後で、神谷町に行く用があったので寄ってみたら、以前とは全く違う店になっていた。
店内の様子も違い、働いている人も全く別人だった。
その時はメニューにハンバーグランチがあったので、それを注文したが、狐につままれたような気分だった。
桜田通りを神谷町の駅に向かって歩いている時、イクコがプロッコリーがどうのと言うので、「プロッコリーじゃなくてブロッコリーよ」と言うと、「プロッコリーよ。うちではみんなプロッコリーって言っているわよ」と言い張った。
ちょうど八百屋の店先にブロッコリーが並んでいて、札に「ブロッコリー」と書いてあったので、指さして、「ほら、ブロッコリーって書いてあるでしょ」と言ってやった。
イクコはそれを見て、「うちでは家族全員プロッコリーって言ってた」と驚いていた。
※ヘッダー写真はウィキペディアから拝借した放送博物館。NHK放送文化研究所は放送博物館と同じ場所にあったが、2002年に近くの愛宕グリーンヒルズMORIタワーに移転したそうだ。
