「Watashiは変われましたか」第14話
次のシーンを選択する前に、再び心の中で葛藤が渦巻いた。目の前に浮かぶ白いドレスを着た沙羅が涙するシーンが蘇り、彼女の表情には深い悲しみが刻まれていた。
私はこのまま続けるべきなのか、自分の過去と向き合うことが怖くなった。沙羅の心に寄り添うつもりで進めてきたはずなのに、気がつけば自分の過去の過ちと向き合う恐怖に押しつぶされそうになっていた。胸が締め付けられるような感覚が広がり、心の中で葛藤が渦巻いた。
「本当にこれを続けるべきなのだろうか?沙羅の心に触れながら、私の過去の過ちを見つめ直すことができるのだろうか?」と心の中で問いかける。自分の心が揺れるたびに、進むべき道が見えなくなってしまう。過去の過ちに向き合うことが、こんなにも辛いことだとは思ってもみなかった。
心の中で沙羅の顔を思い浮かべた。彼女のために、この物語を続けるべきだと思いながらも、過去の自分と向き合うことの恐怖に立ちすくんでしまう。「怖い、逃げたい」と思いつつも、私は深呼吸をして心を落ち着かせる。
「沙羅のために、私はこの物語を続けなければならない」と心の中で言い訳をしながら決める。その決意が固まるまでに、何度も自分自身と戦う。過去の過ちに向き合い、沙羅の心に寄り添うために、この物語を続けると再確認し手を伸ばした。
アプリを通して次のシーンに入り込む前に、思い出すことがあった。この時、孫の杏奈が生まれたことが嬉しくて赤飯を炊いて分娩室へ向かった。分娩室の外で長い時間待たされたからか、情報がないことに不安だったからか、ようやく会えた生まれたばかりの杏奈に微笑みながらも疲れ切った沙羅に向かって「甥っ子の方が可愛いわね」と言ってしまう。そんなこと言うつもりなかったのに。沙羅は出産直後で疲れ切っていたはずなのに私に向かって「出ていって、持ってきたものは持ち帰って」と言う。
沙羅が私の一言で激怒することは珍しかったので鮮明に覚えている。初めはなぜ怒らせてしまったのかわからず困惑し、せめてお祝いに炊いてきた赤飯だけでも食べるように伝えるもガンとして受け取らなかった。今ならわかる。甥っ子と比べてはいけなかったのだ。沙羅は怒って当然だった。その時はわからなかった。母になることで芽生えた沙羅の感情とその後もぶつかり合いながら過ごすことになる。
この一件でしばらく沙羅と連絡さえ取れなくなった。何か手伝いたいと思いながらも、怒らせてしまったことを素直に謝れずにいた。このまま沙羅と孫の杏奈に会えなくなるかもしれないと漠然と不安になったことを覚えている。
出産までの道のりは沙羅にとって喜ばしいことだけではなかった。親が聴覚障害者だから障がいのある子が生まれるのではないかと言われたりしたようだ。そんな心ない言葉に沙羅は何度も傷ついたが、私にはそれを話してくれなかった。
次のシーンに進むと、杏奈が生まれて泣いている沙羅の姿が現れた。彼女は病院のベッドに座り、小さな赤ちゃんを抱きしめながら涙を流していた。杏奈を抱く彼女の表情には、喜びと不安、そして深い愛情が交錯していた。
アプリを通してこのシーンに入り込むと、沙羅の涙が目の前に広がった。彼女の顔には疲れと喜びが入り混じっており、新しい命を抱く彼女の姿は、これまでの苦しみを少しでも癒しているように見えた。
沙羅の涙は、新たな責任や不安を抱えていることを物語っているようだった。杏奈が生まれた喜びと同時に、沙羅は新たな重荷を感じていた。母親としての責任、未来への不安、そして自分自身への疑問が彼女の心を揺さぶっていた。彼女が涙を流す姿を見て、私は胸が締め付けられる思いがした。
「沙羅、杏奈が生まれて本当に良かったね。でも、その強さがあなたを苦しめていないか心配だよ」と心の中でつぶやいた。彼女の強さに頼りながらも、その強さが彼女をどれほど苦しめているのかを思い知った。
杏奈が生まれたことで、沙羅の人生は大きく変わった。新しい命を育てるために、彼女は多くのことを悩んでいた。仕事と育児の両立、経済的な不安、そして社会からのプレッシャー、私との関わり。彼女の心には多くの重荷がのしかかっていた。
退院後、沙羅から連絡が来たことが嬉しかったことを覚えている。この時の沙羅は初めての育児に真面目な性格も重なってか、睡眠もままならず手伝ってほしいと連絡が来るほど疲れ切っていた。ともかく私は沙羅からの連絡と孫の杏奈に会えるとの喜びで分娩室での一件をすっかり忘れていた。
夜中、何度も目を覚ます杏奈、温もりがないと寂しいのだろうか泣く杏奈は目を開きジーと私を見てくれて可愛い。疲れている沙羅を起こさないようにと杏奈を抱きながら幸せを感じる。
翌朝、よく眠った沙羅が起きてきた。「久しぶりによく寝れた。ありがとう。」そう言う沙羅に対して「杏奈は悪魔のようだよ。可愛い顔をして真っ暗な中で私の目をじっと見つめてあまり泣かない。暗闇の中を泣かずに目を開けてるなんて悪魔みたいだ。」そう言うと沙羅は杏奈を私の手元から離し、抱き抱え「一晩、寝かせてもらったのは有難いし、助かったけど言葉を選ばないなら二度と来ないで、今後は手伝いも頼まない。手伝いで疲れてると思うけどこのまま帰って。」そう言われ追い出されてしまった。この時の私も言葉を間違ってしまったのだ。
沙羅はこれまでも言葉についてたくさんのことを教えてくれた。手話と日本語にはズレが生じること、知ることと理解して言葉を発することの違いについて話してくれたこともあった。四字熟語や本の中に書かれる言葉がわからず調べることもしたが沙羅ならば許してくれるだろうと理解する努力をせずきてしまった。発した言葉の影響まで考えることはなかった。知っていることと理解して発することの言葉の違いに気がつけなかった。杏奈が生まれたことによって沙羅と衝突することが増え少しずつ理解していったが、この時はなぜ沙羅を怒らせてしまったのか訳もわからずまだ気がつけずにいた。
学校では教えてくれなかったことを教えてくれる沙羅に、親だからという理由をつけて受け入れられなかった自分もいた、
沙羅が涙を流しながらも、杏奈を愛おしそうに見つめる姿を見て、私は心の中で「ごめんね、沙羅。あなたにこんなにもたくさんの負担があったんだね。言葉は選ばないと人を傷つける武器になる。そう言った沙羅はたくさんの言葉に触れて育ってきたんだね。私もそう望んだ。そう言ってくれた沙羅に今なら素直に言葉を受け止められるのに」「ごめんね。ごめんね・・・」と何度も繰り返しつぶやいた。
私はいつも一言、余計なことを言ってしまう。そんなつもりはないのにどうしてか、その後の沙羅との衝突の原因は余計な一言から始まっていることに気がついている。
彼女の涙は、杏奈を守りたいという強い母親の愛情と、その一方で自分が母親としてやっていけるのかという不安とが入り混じっているようだった。沙羅は杏奈の小さな手を握りしめながら、自分自身を奮い立たせようとしていた。その姿を見て、私は涙が止まらなかった。
「沙羅、あなたは本当に頑張っているね。母親として、あなたは最高だよ」と心の中で伝えたかった。しかし、彼女に直接伝えることはできず、ただその光景を見つめ続けるしかなかった。
杏奈の小さな手が沙羅の指に触れると、彼女の表情が少しだけ和らいだ。その瞬間、私は彼女の心の中に少しでも安らぎを与えられたことを感じた。沙羅の涙は止まり、彼女は深く息を吸い込んで、再び微笑みを浮かべた。
画面には「うさぎのぬいぐるみ」のアイコンが輝き、私はそのアイコンに指を伸ばし、タップした。
このうさぎのぬいぐるみは不器用な沙羅が生まれてくる杏奈のために手作りしたものだ。ぬいぐるみと肌触りの良いタオルケットが一体になっていて、杏奈が大きくなっても大切にしていた宝物だ。
杏奈を見ると沙羅が生まれた時、喜びでいっぱいでこの子を守るんだと言う気持ちをことを思い出した。
うさぎのぬいぐるみのアイコンが光り、沙羅の涙が少しずつ止まる様子が見えた。沙羅が生まれた時と重なり胸が締め付けられるような痛みを感じた。
その時、杏奈が小さな手を伸ばし、沙羅の指に触れる姿が見えた。その瞬間、沙羅の顔に微笑みが浮かび、彼女の涙が安堵に変わっていくのが感じられた。
暗闇の中に、画面が浮かび「このシーンをクリアしました。ロックが解除されました。次のシーンに進みますか?」というメッセージが表示された。
