見出し画像

#16 兄への支援の話

私の年子の兄は現在障害者グループホームに入居して、就労継続支援B型事業所に通所しています。
障害手帳を取得したのは50代になってから。
私が本格支援をする中で、兄には生活保護の利用の前に福祉サービスにつながってほしいと思っていました。
今回は兄の様子や私がしてきた支援の経緯をお伝えしようと思います。

兄のプロフィール

兄は昭和47年(1972年)生まれ。第一子として生まれました。
両親が結婚した翌年に誕生していて、その翌々年には私が生まれますので、
両親は独立したばかりの商店の営業と慣れない土地での慣れない子育てに
奮闘していたのだろうと思います。

母から聞いた話で、母子手帳や育児日記などの記録はないのですが、
兄は幼少時からおとなしく手がかからない子でした。
テレビを見せて置けばいつまででもじっとそこにいる、というような子だったそうです。
(年子で生まれた私はかなり手がかかる子だったそうです。)

母子手帳には特に記録はなかったですが、健診で歩き始めたり言葉が出るのが遅いと指摘されるも、個人差の範囲内で、様子を見ましょうと言われたそうです。

就学時健診では知能検査で遅れを指摘されたようです。
特別支援学級に入るなどを検討したのかは不明ですが、
結局は普通学級に在籍していました。

小学校・中学校通して成績は悪く、運動全般も苦手。
生活態度は忘れ物が多い・消極的というような言葉が通知表に書かれていました。
からかいやいじめもずっと受けていたようです。
同じ学校の1学年下にいた私に聞こえてきたのは、兄はさえないヤツ、というような評判でした。
学校に親しい友人もおらず楽しい思いはあまりしなかったと思うのですが、
不登校にはならずに卒業しました。

成績不振のせいか、中学卒業後は商業系の専門学校に入り卒業しています。
授業によってはまあまあの成績が取れたようですが、
簿記などの資格は取れないまま、
家業の商店を手伝うという進路で卒業しています。

専門学校卒業後、運転免許を取得できましたが、
商店の配達業務中に事故を起こし、車の運転はしなくなりました。
商店で接客をしても無表情・独特な言葉遣いでお客様からクレームが来るほど。
レジ打ちはなんとかできますが、商品の案内や袋詰めなどは一人ではできなかったようです。
売り上げ計算などの事務仕事も覚えられず、商品の補充や在庫整理などの単純作業も自発的にはやらず、
ただ店にいてお客様が来たら母を呼ぶ、ということしかできなかったようです。

商店の売り上げが減りつつあった時期でもあり、
父と一緒に宅配や
ダイレクトメールの配達のアルバイトを始めました。
2008年には実家にポスティングされたチラシをみて自分で応募したDM配達のアルバイトを始め、
2023年に生活保護受給・障害手帳を取得し福祉サービス利用をはじめるまで続けていました。
兄のペースでできる仕事で本人は気に入っていましたが、
DM配達中は制服と名札を着用・指定期間内に配達といったルールが守れず、当時義務化になっていた自転車保険に未加入の状態で対人の事故を起こしたり、
生活保護受給のために収入を減らすことや障害手帳取得を優先するため、
兄には気の毒でしたが仕事は辞めてもらいました。

兄が好きなものは
鉄道(乗ることと時刻表を見ること)、テレビ・ラジオ鑑賞
フリーペーパーやパンフレット集め、懸賞応募
です。

食事、生活のスケジュール、着るものや持ち物など、
自分に関するものにはすべてこだわりがあります。
それが乱されて暴れるというようなことはありませんが、
周りの状況の変化や天候や体調に合わせて柔軟に対応することができません。
偏った食生活のせいか、2022年には小腸S状結腸穿通になり手術を受けました。
同年に新型コロナに感染した時はマスクもせずに父の近くでテレビを見て過ごしていました。
感染予防や清潔維持というような考えや意識が理解できませんでした。

母が亡くなり、家計が苦しい中でも、
父や妹のおつかいのためキャッシュカードでお金を降ろす経験を繰り返すうちにお金を使うことに執着し始め、
毎日数千円を自分のものだけ購入するために使いきっていました。
時には家賃を支払いに行くおつかいの際に嘘をついて家賃の一部を抜き取り使ってしまうこともありました。
自分の給料から督促が来ている料金の支払いを負担するときもたまにあったようですが、
ほとんど自分の食べ物や懸賞応募のためのはがき代、仕事で使う自転車の買い替えやパンク修理などに使い切っていました。

高齢になり仕事もやめ家にいるようになった父とは喧嘩をするようになり、
父の食べ物がなくても気にしない様子でした。
生前の母の言うことは聞いていましたが、父とはもともと交流が少なかったのかもしれません。
妹からは光熱水費の支払いや妹のたばこの購入のおつかい、早朝に妹を起こすなど、いいように使われていたようです。

母がいた時には、母がマイペースに過ごす兄をうまくコントロールしていたようです。
母が亡くなった後は家族がそれぞれ自分のことしか考えられず、
兄の浪費に気づいていても、止められずにいました。

私が本格支援を始める前に何度も兄から「お金が足りない、送金してほしい」という催促があったこと、
本格支援を始めて実家の家計の把握や家の中の整理、生活ぶりを見る中で、
やはり兄には何かしらの障がいがあると確信するようになりました。

精神科への受診開始

2023年1月、私の退職直後。
実家に行った際にあらかじめ兄に発達障害の解説本を渡して読んでもらっていました。
自分に当てはまるところが書いてあるページに付箋を貼るように伝えたところ、多くのページにびっしりと貼られていました。
「お兄ちゃんには何か障害があるかもしれないから、病院に行ってみよう」
と話し、実家の地域に昔からある精神病院の予約を取りました。
障害手帳取得を見据え「精神保健指定医」がいる病院にしようと考えて調べていました。
1月中旬に予約が取れ、その後毎月1回のペースで通院に同行し、6か月経過後精神障害手帳申請することを目指しました。

初回の診察で本人と私から生活状況や困りごとを医師に伝えました。
こだわりや浪費があったり、
仕事のルールが守れないなどから障害があると思うこと、
障害手帳を取得し福祉サービスを利用することを希望していることを訴えると、
心理検査を受けるよう勧められ、2月に3種類の検査を受けました。


WAIS-IV:FSIQ66、得意不得意のばらつきが大きい
AQ-J:ASD傾向あり
ASRS:ADHD傾向あり


精神障害手帳の診断書には軽度知的障害と記載されました。
特に薬の処方はなく、毎月の診察で近況や生活保護申請に向けての進捗状況の報告をしていました。
診療費と駐車場代は私が負担して、私の車で通院を続けました。

自立支援医療の申請

5月、この時点では生活保護の申請ができるか、どこかに相談をすればいいか何も決まっていない状態だったので、
少しでも兄の医療費を抑えるために、自立支援医療の申請をしました。
申請に必要な診断書料も私が負担し、窓口での申請にも同行しました。

発達障害者支援センター・障害者生活支援センターへの相談

5月にNPO法人へ相談し、
6月に弁護士につながり弁護士同行で生活保護の申請、
7月に生活保護受給が決定し、兄については手帳取得や福祉サービス利用について話を進めるようにとケースワーカーから話がありました。

8月。
市の発達障害者支援センターの相談を予約し、兄とともに出かけました。
ひととおり兄や実家の状況を話すと、障害者生活支援センターの利用を提案されました。
同じ建物内にあるのですぐに担当者を紹介してもらい、相談の予約をし、
1週間後に再度出かけました。

障害者生活支援センターは相談員の方に福祉サービスの利用を相談し、
サービスの情報提供や、見学・体験の調整などサービス利用に向けた支援をしてくれるところでした。
生活保護受給が決まったことで、兄も転居先を探さなくてはいけなくなったので、遅くとも年内には転居できるようにグループホームを探したいと伝え、
当時の時点で空室があるいくつかのグループホームのパンフレットを出してくださいました。
また、兄が無職になり日中過ごすところも探していたので、センターで行われているイベントへの参加も検討することになりました。

精神障害者手帳・療育手帳・障害福祉サービス受給の申請

8月、予定通り精神障害手帳の申請を済ませました。
主治医の診断書の不備があり時間がかかりましたが
9月には手帳が発行されました。

精神障害手帳申請の際、
療育手帳と障害福祉サービス受給の申請も考えていることを伝えました。
これは、8月初旬に行った発達障害者支援センターでいただいた助言通りにした行動で、兄のケースなら療育手帳の取得の可能性がありそうでした。
障害福祉サービスは、障害手帳がなくても市が認めれば利用できるとのことでした。

療育手帳の担当者が対応してくれ、
8月下旬に聞き取り調査を受けることになりました。
この調査は本人がいなくても事情が分かる家族が受ければいいとのことで、
母子手帳や通知表を持参するように言われました。
市役所の1室で90分ほどかけて行われた聞き取り調査は、
療育手帳の調査と障害福祉サービス受給の調査の2種類の調査でした。

療育手帳申請の調査では、
母子手帳と通知表はコピーを取られ参考資料として提出しました。
出生時からこれまでの成育歴や職歴などの様子を主に聞かれ、
私が作成した兄についてまとめた資料も提出したうえで
わかる範囲で答えました。
障害福祉サービス申請の調査では、
父の要介護認定の調査に似た内容で体や生活の自立度について
細かい質問に1つ1つ答えていきました。
日ごろの困りごとは幼少時から起きていたことや、
母が兄をサポートして何とか生活できていたこと、
母が亡くなった後兄をサポートできる家族がいないことも伝えました。

療育手帳申請は、この聞き取り調査の内容をもとに、
判定が受けられるかどうか決められるような話しぶりの説明を受けました。
後日、電話連絡で判定を受ける日時と場所の案内があり、
10月初め、
隣市にある更生相談センターで心理検査や精神科医の診察などを受け、
その日のうちに心理検査の結果も説明されました。


C判定、田中ビネーV:IQ51、精神年齢9歳4か月程度


無事に手帳取得ができました。
後日手帳発行の通知が郵送で実家に届き、10月下旬に市役所へ受け取りに行きました。

障害福祉サービス受給申請も認められ、
10月中旬に受給者証が発行されました。


区分4、共同生活援助、就労継続支援(B 型)、
計画相談支援給付費の支給、特定障害者特別給費の支給


障害手帳と障害福祉サービス受給者証の取得ができ、
福祉サービスの利用ができるようになりました。
次回、グループホームと就労継続支援事業所の利用や転居のこと、
私が兄にしている支援についてお伝えします。

#生活保護 #実家 #障がい #知的障害 #障害者手帳
♯心理検査 #判定 #障害福祉サービス #受給者証
♯グループホーム #就労継続支援


いいなと思ったら応援しよう!

あんころりん28 よろしければ応援お願いします!