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卒業後世界に飛躍する竹内朱莉さんに書いてほしい外国語

こちらは #竹内朱莉アドベントカレンダー  最終日の文章です。
#竹内朱莉アドベントカレンダー は2023年6月21日をもってアンジュルムをご卒業なされる竹内朱莉さんの新たな門出を祝福したい!という趣旨のアドベントカレンダーです。

これまでの投稿はこちらからご覧ください。

はじめに

先日、竹内朱莉さんの書道展『煌々舞踊』に足を運んだのだが、その前に、ヲタ仲間から「竹内さんの在廊確率が異様に高い」という話を聞いた。

それを聞いた自分は、少し困ったな、と思った。自分は彼女に対する大きなリスペクトを抱いてはいるものの、いわゆる「クソデカ感情」を抱えているタイプのタケヲタではない。おそらく竹内朱莉さんは「クソデカ感情」型のヲタクに対するいなし方は持ち合わせているだろうが、自分のようなイレギュラーなタイプのヲタクと一対一で話す羽目になった時、色々戸惑うのではないか、と思ったのである。

だとすれば、何か彼女の将来に資するような話のネタを一つ二つ準備していった方が、お互いのためによいのではないか、と考えた。そこで自分が思い至ったのは、彼女の「卒業後は書道家として世界を回りたい」という言葉であった。

自分は書の世界に通じているわけではないのだが、伝統的技芸としての書道が漢字圏限定のものであるという自分の認識は間違っていないはずである。また、書道家が非漢字圏(特に欧米圏)を回る時には、「漢字」という文化の物珍しさが、ある種のオリエンタリズムとして消費されるのだろうな、ということも何となく想像がついた。そして、それで終わるとすれば「めっちゃ悔しいわ」、ということも思ったものだ。

何しろ竹内朱莉さんは、アンジュルムのリーダーなのである。

アンジュルムのリーダーたるもの、相手に「対象」として消費されるだけで終わってはならない。相手を実存として変容させるだけの力を持ち合わせているのがアンジュルムである。だとすれば、相手の文字文化の中に飛び込み、これをその筆圧によってぐいぐいと衝き動かすような爪痕を残してこそ、彼女らしいというものではないかー

そこから自分が思いついたのが、「現地の言葉を毛筆で書く」というのはどうだろうか、ということであった。

無論、それは現地の観客を惹きつけるための余興的なものでもいいのだと思う。それに自分の浅薄な印象では、竹内朱莉という書道家はその人間性やパフォーマーとしての特質そのままに、文字そのものが持つ身体性を重視する人のようにも思える。こういう人が言語の通じないところに飛び込み、その場所の言葉をどう料理するのか、というのは自分も見てみたいものだ。

こうして自分は、もし会場で竹内朱莉さんに会った時のために、彼女の筆で是非書いてほしいなという外国語をいくつかピックアップしてみることにしたのである。

が、幸か不幸か、その日自分が会場で彼女に遭遇することはなかった。全ては取り越し苦労に終わったわけだが、今回の記事ではそんな自分の覚え書きを供養するため、「竹内朱莉さんに書いてほしい外国語」を紹介していきたい。

各国語で「BIG LOVE」

まず各国語の「BIG LOVE」であるが、自分の知る欧州諸語では以下のようになる。

L’Amour grand(フランス語)
El amor grande (スペイン語)
Die große Liebe (ドイツ語)

このうちフランス語とスペイン語は同じロマンス語系言語だけあって、LOVE(Amour/amor)もBIG(grand/grande)も語形が似ている。英語やドイツ語のようなゲルマン語系と違って形容詞が後置されるところもロマンス語系の特徴の一つだ。

ここで個人的に書道家のポイントになりそうだなと思うのは、まずフランス語のエリジオン(定冠詞のleと母音始まりのAmourがアポストロフィで繋がる)。アポストロフィをいかに美しく書くか。そしてドイツ語のgroße(BIG)
で使われるß(エスツェット)。カタカナ読みすると「グローセ」になるのだが、ドイツ語のsは通常濁音として用いられるので、濁音抜きにしたい場合に使われるのがßである。やたらと「ゴツい」濁音の多いドイツ語の中で「優しい」音を意味するこのアルファベットがどう描かれるのかも、個人的には見ものだ。

なお、自分はアジア言語はさっぱりなのであるが、識者によればハングルで「BIG LOVE」は、

큰 사랑

だそうである。ハングルは日本の仮名文字よりも歴史が新しく、15世紀以降に導入されたものだが、漢字圏の書道文化とはどのように絡んできたのか、自分は寡聞にして知らない。もっともその後も朝鮮半島の知識人層は近代になるまで漢字文化の中にあったはずなので、ハングルの書道が発展したとすれば、実は近現代の現象ではないかと推測するのだが、せっかくお隣さんなので竹内朱莉さん自身に色々と探りを入れてほしいものである。

あかりとアクサン

さて、元々自分が竹内朱莉さんが在廊だった場合にお見せしようと思っていたのは、以下のフランス語である。

Lumière

意味は「あかり」「光」。要は竹内朱莉さんの名前をフランス語で何というか、という話だが、何となく彼女に書いてほしい単語というのはフランス語が多くなった。もちろん和田彩花さんの縁もあったり、竹内さん自身がルーブル美術館の名前を挙げていたりすることもあるのだが、理由は他にも二つある。

一つは、アンジュルムというグループがとても「フランス的」であるということである。フランス人というのはとにかくよく喋る。喧しいのである。その意味ではやはりラテン系の国民性なのだが、南欧系の人たちと違うのは、(特にパリを中心に)何かと革新的で個人主義的な人が多い。そしてもう一つの理由は、Lumièreならばèのところに置かれている「アクサン」という発音記号の存在だ。フランス語の場合「e」は原則無音となりカタカナ読みなら「ウ」と読むので、「エ」と読む場合には必ずこのアクサンが付記されることになる。ちなみに左上から右下に下がるアクサンは長音を意味し、読みは「リュミエール」となる。

なお、フランス革命のスローガンである「自由・平等・友愛」は、

Liberté
Égalité
Fraternité

となる。この場合アクサンは右上から左下に伸びるもので「単音」を意味する。したがって読みは「リベルテ、エガリテ、フラテルニテ」と、短く刻むような「エ」の発音になるのだ。個人が自由のみを追求すると格差が生じて平等が侵害され、かといって平等のみが追求されると個人の自由が侵害されるというジレンマは、フランス革命この方200年にわたって人類が直面し続けているわけだが、両者の均衡を保つ緩衝材として「友愛」が必要なのだという大革命の理念を継承し続けている共同体を、自分はアンジュルム以外にはあまり見たことがない

それはさておき、この長音短音のアクサンが竹内朱莉さんの筆でどう描かれるのか。長音ならば伸びやかな、短音ならばリズムを刻むような筆使いになるのか。フランス語×書道の組み合わせを思い浮かべると、胸が踊るところである。

なお、ドイツ語で「あかり」は「Licht」である。こちらはゲルマン語系だけあって、綴りが英語の「Light」に近い。著名な言葉としては文豪ゲーテの今際の言葉とされる「Mehr Licht!(もっとあかりを!)」というものがあるが、これは竹内朱莉さん自身の言葉というよりは、彼女の卒業を惜しむヲタクの叫びとして相応しい気もする。その意味では、是非タケヲタの皆さんに挑戦してほしいフレーズである。

アンジュルムに相応しい言葉

さて、フランス語でアンジュルムに相応しい言葉としては、自分の好きなナポレオンの名言がある。

Je suis la circonstance (私が状況だ)

これは陣中で出撃を決めたナポレオンが「今は状況が悪いです」と部下に言われた時に返した言葉である。部下が「悪い」と判断している「状況」そのものが、自軍が出撃することで変わる、「私(ナポレオン自身)」もまた「状況」の一部なのだから、とナポレオンは判断したのだ。受動的な人間と能動的な人間の発想の違いが見事に浮き彫りになるエピソードだが、アンジュルムもまた我こそが「状況」の一部であると任じて動き続けることで、常に変わり続けてきたグループである。

同じような文脈の名言としては、スペイン語でチェ・ゲバラの名言もある。

Deja que el mundo te cambie y podrás cambiar el mundo(世界を変えたければ自分を変えろ)

この言葉、語り手によっては、「文句を言うなら出世してから言え」的な弱者切り捨ての言葉に捻じ曲げられてしまうのだが、アンジュルムの場合はよりチェ・ゲバラの原義に相応しく、弱者に対して厳しくも優しく発破をかける言葉になるはずだ。「優しい愛の時代」は座して待っているだけでは訪れない。まずはあなた自身が、その時代の一部にならなければならないのである。かつて笠原桃奈さんが言った「皆さんもアンジュルムです」という言葉は、まさにそのような意味だと自分は理解している。

なお、「最強アンジュルム」に相応しい言葉としては、有名なユリウス・カエサルのラテン語名句もある。

Veni, vidi, vici (来た、見た、勝った)

ウェーニー・ウィーディー・ウィーキー」と読む。これはいかにも
筆を走らせることで勢いが出そうである。左から右に向かって文字が大きくなったりするとさらに分かりやすいかもしれない。

また、アンジュルムといえば「Yes, and」の精神であるが、各国語で「Yes」を意味する語というのも挙げてみたい。

Ja(ドイツ語)
Oui(フランス語)
Si(スペイン語、イタリア語)
Sim(ポルトガル語)
예(ハングル語)

ちなみにドイツには「Ja!」印の食料品というものがある。シンプルだがインパクトのある文字列なので、これが毛筆でしたためられたら、ドイツ語圏で商標ロゴになるかもしれない。

神と愛

さて、どうしても自分のバックグラウンドから欧米と東アジアに偏りがちだが、竹内朱莉さんが「世界をめぐる」のであれば、広大な南アジアから中近東地域を無視するわけにはいかない。その場合自分は宗教的な人間なので、どうしても「BIG LOVE」というところから宗教的なニュアンスを深めたくなってしまう。

まずは南アジア圏。

मैत्री (マイトリー=BIG LOVE)
संसार (サンサーラ=輪廻転生)

いずれもサンスクリット語である。筆で書くと凄く難しそうだが、見事書ききれば霊験あらたかなものになるだろう。

次に中近東圏。この地域では一気に一神教が強くなるのだが、

ἀγάπη(アガペー 古代ギリシア語)=神の愛
אהב(エハブ 古代ヘブライ語)=神=愛

紀元前の古代宗教では、多神教圏から一神教圏に向かうにつれ、「神」と「愛」が語義としても同一視される現象が生じてくる。すなわち、一神教圏におけるBIG LOVEとは神の存在そのものを意味するのである。そしてイスラム教圏のアラビア語については、以下のような商品も世界的に売り出されている。

中近東圏は今日でも宗教、宗派の名のもとに紛争が絶えない地域である。唯一絶対の神の存在は、唯一絶対の真理の解釈をめぐる争いを誘発する。しかしその真理の名が「愛」だとすれば、争いこそがその真理に反するものになるはずだ。竹内朱莉さん卒業後のアンジュルムが、今や神自らの御手に委ねられた今、竹内朱莉さんの筆のもたらす「愛」の力が、彼の地にも神の福音をもたらすことを願ってやまない

ハロ!ステ#482 より

夜明けまでのララバイ:むすびにかえて

さて、竹内朱莉さんが書道家として本格的に世界をめぐり始めるのはいつ頃のことになるのだろうか。

何しろ2020年代の世界は争いが絶えない。たとえば竹内朱莉さんが世界に飛び出す頃もまでに、願わくばかつてと同じような気軽さで我々の隣国に出入りできるような国際情勢になっていてほしい。そしてその暁には、是非とも彼の国でも竹内さんに筆を振るってほしいものだと願いながら、最後に四文字のキリル文字を記すことにする。その時には、彼女のTOも必ずやそこに馳せ参じることであろう。それでは最後に、皆さんご一緒に!!

дача (ダーチャ)!!!!

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