✨ミエナイチカラの1つとして
🔮御船千鶴子さんと長尾郁子さん
🌿“千里眼”と呼ばれた女性たちは、なぜ傷つけられたのか?
💎明治時代、日本には「千里眼」と呼ばれた女性たちがいました。
御船千鶴子さん。
長尾郁子さん。
このお二人の名前は、今では超能力、透視、念写、
そして
三船千鶴子さんは、鈴木光司の小説『リング』に登場する超能力者、
山村貞子さん の 母親のモデルです。
映画『リング』のモデルになった出来事として語られることがあります。

けれど、わたくしはこのお話を、
ただ「不思議な能力の話」として終わらせたくありません。
なぜなら、そこにあるのは、
見えない力を持っていたかもしれない女性たちが、
時代と世間と新聞によって追い詰められていった、
あまりにも悲しい物語だからです。
御船千鶴子さんは、熊本に生まれた女性で、
遠く離れたものを見ることができる、
いわゆる透視能力があると注目されました。
当時の日本は、明治という時代の中で、
科学、近代化、文明開化という言葉が大きな力を持っていました。
「迷信を捨てよ」
「科学で証明せよ」
「見えないものは疑え」
そういう空気が強まる一方で、
人々は 同時に、説明できないものに強く惹かれていました。
これは、とても人間らしい矛盾です。
見えないものを否定したい。
けれど、見えないものに惹かれてしまう。
信じたい。
でも、信じたあとで騙されたと思いたくない。
🌿その揺れの中に、
御船千鶴子さんや 長尾郁子さんは 立たされました。

🌿御船千鶴子さんは、公開実験の場に出ることになります。
けれど、能力というものが、
いつでも誰の前でも同じように出せるものでしょうか?
そして 昔と言う 時代背景:女性が前に出るのが珍しい時代
これらを 考えた上での 女性たちの 奇異の眼にさらされた事。
それは、わたくしにはとても疑問です。
たとえば歌手でも、演奏家でも、占い師でも、表現者でも、
集中できる場と、集中を奪われる場があります。
ましてや、
🔮見えないものを読むような力であれば、
場の圧、視線、疑い、嘲笑、敵意、
それらに大きく影響される可能性はあるはず
です。
公開実験でうまくいかなかった。
それだけで、その人のすべてが嘘になるのでしょうか。
🌿一度うまくいかなかっただけで、
人格まで否定してよいのでしょうか。
一度 公開実験(対決のようにひらかれたようです)で
うまくいかなかった、と言う事で
世間から厳しく批判され、新聞にも書き立てられました。
そして長尾郁子の超能力を疑う学者の中から
一方的に「透視と念写は全くの詐欺である」旨の見解を
報道陣に発表しました。
💧長尾郁子の念写を非難する記事を見て
失望と怒りを感じた千鶴子さんは
清原氏に「どこまで研究しても駄目です」と言い放ったとされ
明治44年に重クロム酸カリで服毒自殺をはかり
翌日未明に 命を失いました・・・たった 24歳で。RIP✨

そして、若くして自ら命を絶つという、あまりにも悲しい結末を迎えます。
ここで、わたくしは思います。
🌿本当に怖いのは、超能力だったのでしょうか。
それとも、
🌿一人の女性を見世物のように扱い、
失敗した瞬間に叩き落とす、
人間の集団心理だったのでしょうか。
🌿長尾郁子さんもまた、念写の能力を持つ人物として注目されました。
念写とは、心に浮かべたものを写真乾板などに写し出すとされる能力です。
🌿現代の科学の視点から見れば、慎重な検証が必要な話です。
もちろん、何でも無条件に信じることは危うい。
けれど、何でも笑いものにしてよいわけでもありません。
見えない力をめぐる話には、いつも二つの危険があります。
一つは、無批判に信じすぎること。
もう一つは、わからないものを持つ人を、残酷に裁きすぎること。
🌙明治の千里眼事件には、その両方があったように思います。
能力者と呼ばれた女性たちは、憧れられ、持ち上げられ、注目されました。
けれど同時に、疑われ、見張られ、試され、
少しでもうまくいかなければ激しく叩かれました。
🌿「日本の心理学は二十年遅れた」
とまでは言い切れないかもしれません。
けれど、千里眼事件以降 心霊や透視のような現象を
学問として扱うことは、急速に危険な領域と見なされていきました。
御船千鶴子さんの死は、ひとりの女性の悲劇であると同時に、
日本近代が “説明できない心” を どう扱うべきかを
見失った象徴でもあったと言えます。
🌿また、国立国会図書館の解説では、明治44年、
新聞報道がスキャンダル化していく中で、
その後、福来友吉氏の説は学界に受け入れられず、
福来氏は東京帝国大学を休職、のち退職となり、
超能力研究はアカデミズムでタブー視されるようになった、
と説明されています。

🌿日本に精神分析が本格的に根づくのはかなり後です。
立命館大学系の資料では、フロイトやユングの理論が
日本に本格的に根づくのは、戦後になってからと考えられる、
と説明されています。
💎心を治療的に理解する文化は、明治末の日本ではまだ十分に育っていなかったと言えるけれど、
それは 現代も あまり変わっていないような気がするのは
わたくしだけでは 無いでしょう。
🔥人間は、誰かを神秘の存在として持ち上げたあと、
同じ速さで地面に叩きつけることがあります。

🔥SNSでも、テレビでも、YouTubeでも、
誰かを一瞬で祭り上げ、次の瞬間には過剰に責める。
🌿御船千鶴子さんの悲劇は、
決して過去だけの話ではありません。
🌿見えない力を持つ人。
🌿人と違う感受性を持つ人。
🌿言葉にできないものを感じ取る人。
🔮そういう人たちは、
昔から理解されにくかったのだと思います。
そして、理解されないだけならまだしも、
疑われ、笑われ、利用されることもありました。
🌿わたくしは、御船千鶴子さんと長尾郁子さんを、
怖い存在として語りたくありません。
また、
🌟単なるオカルトの登場人物として消費したくもありません。

💧お二人は、時代の中で見えない力を背負わされ、
世間の好奇心と疑念の間に立たされた女性たちです。
『リング』という作品では、冒頭にも書いた通り、
超能力者の母と、その娘である貞子という恐怖の物語が描かれます。
けれど、その元になった現実の出来事をたどると、
そこには恐怖よりも、悲しみがあります。
貞子が怖いのではない。
千里眼が怖いのでもない。
🔥本当に怖いのは、人が人を見世物にし、
理解できなかった瞬間に攻撃することなのかもしれません。
見えない力を持つ人がいたとして、
その人に必要なのは、まず安全な場です。
信じるか疑うかの前に、その人が一人の人間として守られることです。
能力を証明できるかどうかよりも、
その人を壊してしまわないこと。
それが、本来いちばん大切だったのではないでしょうか?
御船千鶴子さん。
長尾郁子さん。
お二人の名前を語るとき、わたくしは、
ただ「千里眼の女性」としてではなく、時代に晒された人間として、
その痛みを忘れずにいたいと思います。
見えない力は、見世物ではありません。
そして、
💖人の心もまた、実験台ではありません。
💎わからないものを、丁寧に扱うこと。
信じるにしても、疑うにしても、人間の尊厳を奪わないこと。
🌿そのことを、明治の千里眼事件は、
今のわたくしたちにも静かに問いかけているように思います。

🌟こちらの記事を 12日、夜7時頃に Youtube
https://www.youtube.com/@CelestialIndex/shorts
にても ご紹介しております。
どうぞご覧になってください。そして
貴方の感じた気持ちを 教えて下さい。
どうぞよろしくお願い致します。
Merci🌿
🌟この記事では、明治時代に実在した千里眼の女性、
御船千鶴子さんと長尾郁子さんについて、透視や念写、
福来友吉博士の研究、公開実験、新聞報道、
そして映画『リング』との関係を背景に、単なるオカルトではなく、
人間の尊厳と社会の残酷さという視点から深く考察しています。
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明治時代、超能力、スピリチュアルに関心のある方へ向けた記事です。
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アンジュリクでした。
