【映画感想】『種まく旅人〜みのりの茶〜』――畑があれば、お茶くらい作れると思っていた
最近、移住先のことをぼんやり考えている。
大きな家はいらない。
便利すぎる場所でなくてもいい。
小さな畑があって、野菜を少し作れて、近くに釣りのできる川や湖があればいい。
そんな暮らしを想像しているうちに、『種まく旅人〜みのりの茶〜』を観た。
舞台は大分県臼杵市。
有機栽培のお茶を作る農家と、その土地に関わる人たちの話である。
主人公は農水省の役人、大宮金次郎。地元では「風来坊の金ちゃん」と呼ばれている。
役人なのに少し軽く、どこか胡散臭く、人の家に上がり込んでは余計なことを言う。それでも、いざという時には土地の人たちの気持ちを見ている。
陣内孝則が演じるからか、その金ちゃんが妙に嫌味にならない。
農業を応援する映画なのだろうと思って観始めたが、実際には、土地に残る人たちの暮らしや迷いが中心にあった。
後を継ぐ人がいない。
良いものを作っても、売れるとは限らない。
古いやり方を守る人と、新しい方法を試したい人がいる。
畑や田んぼは、ただ景色としてあるわけではない。その土地で生きる人の生活そのものなのだと思った。
私は単純に、畑さえあれば、お茶の木くらい育てられるのではないかと思っていた。
少し野菜を作るのと同じように、苗を植えて、水をやって、うまくいけばお茶になる。そんな程度に考えていたのだ。
けれど映画を観ていると、お茶づくりには土のこと、虫のこと、天候のこと、加工のこと、売る先のことまで、いくつもの手間が重なっている。
有機栽培なら、なおさらだろう。
畑がある、というのは始まりにすぎない。
そこから先に、毎日の仕事がある。
少し甘く考えていたな、と私は思った。
それでも、畑への憧れが消えたわけではない。
むしろ、簡単ではないからこそ、少し惹かれる。自分の手を動かし、季節を見ながら、うまくいかないことも含めて暮らしていく。
移住とは、景色のいい場所へ行くことではないのだろう。
その土地の面倒くささも、手間も、少しずつ自分で引き受けることなのだと思う。
『種まく旅人〜みのりの茶〜』を観て、畑のある暮らしは少し遠くなった。
けれど同時に、前より少し本物に近づいた気もしている。
まだ私は、土の中に手を入れてはいない。
ただ、そこに何があるのかを、少しずつ知り始めている。
