「不安」と仲良く歩む
マイナス思考と私
私は基本マイナス思考の人間である。もちろんポジティブな時期もある。だから正確には、行き来を頻繁にしているという感じ。楽観的な人を見ると羨ましく思う。でも、どんなに頑張っても自分はそうなれない。ここ最近までも、脳を騙して楽観的でポジティブな人間になろうと必死だった。でも、結局その気持ちは次第に腐ってまた元通り。これを繰り返す。
「ああ、これはもうどれだけ頑張ってもなれないのか!」と最近思うようになった。
不安は理由なくやってくる
明白な理由もないのに、不安や心配が押し寄せることがある。多分、この性格は治らないし、仮に治ったとしても、また次の不安がやってくるのだろう。だからこそ、不安と戦おうとするのではなく、うまく共存することが一番良いのではないかと思う。
不安と戦わない
不安を消そう、なくそうとすればするほど、余計に苦しくなる。まるで水の中でじたばたするほど沈んでしまうのと同じように。「あ、不安が来たな」と思ったら、無理に追い払おうとせず、ただそこにあるものとして受け入れるほうが楽だ。
私の場合、不安が湧いたら「ああ、また来たのね」と心の中でつぶやく。戦わない。分析もしない。ただ、そういうものとして流してみる。すると、案外そこまで苦しくならずに済むことも多い。
自己啓発がしんどい
自己啓発本を読んだり、自己成長系の情報を見ると、普通はプラスになるのかもしれない。でも私は逆に気持ちがさらに落ちる。「とにかく頑張れ」「一生懸命やれ」「成果を出せ」みたいな言葉が苦手なのだ。
もっとゆるく、ふわっと生きていきたい。最低限のお金と、今の家があればいい。でも、世の中は情報に溢れている。それを見て「本当にこれでいいのか?」とまた不安になる。そう、楽観的になりたくてもなれない。
情報との距離をとる
ゆるく生きていけばいいのに、結局、情報を見てしまって焦る。めんどくさい性格だなとつくづく思う。
だから、これからはできるだけ情報との距離を保ちながら、不安とうまく付き合っていくことが、自分にとって最善なのかもしれない。無理にポジティブにならなくてもいい。不安を排除しようとしなくてもいい。ただ、共存する。それだけで、少しは気持ちが楽になる気がしている。


