Happy Writing Marathon#14 子どもの頃の最も幸せな瞬間は?
本田健さんのハッピーライティングマラソン第十四回目のお題は、
「子どもの頃の最も幸せな瞬間はどんなときでしたか?」
コーヒーとタバコとケーキと私がいた瞬間
実の母とは、彼女が亡くなるまで確執がありました。
理由は、母の過剰な体罰によるしつけです。
今でも、その時の恐怖心、痛み、母の動向にビクビクしながら過ごしていた子どもの頃のことが蘇ります。
子どもという圧倒的に弱い立場の存在に対して、よくもあんなことができたものだと、怒りすら覚えます。
でも、私は母が好きでした。
母を好きな自分と、その母を怖れる自分との間で、振り子のように揺れ動く生活を長く続けました。
私が9歳のころ両親が離婚し、母は母国のドイツに帰国しました。
その後、母に直接会ったのは、たったの3回です。
正直、離れて生活することができるようになって、良かったと思っています。
あのままでは、お互いの傷がもっと深くなっていたことは容易に想像がつくからです。
でも、私は母が好きだったのです。
そう感じる自分を受け入れられるようになったのは、母が亡くなって数年経ってからです。
元々母は、行動的で明るくて聡明で、とても家庭的な人でした。
料理やお菓子作りが得意で、子ども三人の服も、ほぼ全て手作りでした。
家を居心地よく整え、絵を描いたり歌を歌ったり、読み聞かせをしてくれたり、ある意味、理想的な母親でした。
最も幸せな瞬間として覚えているのは、ある冬の寒い雨の日です。
寒さで鼻の頭は赤くなり、手もかじかんで、雨で制服がしけった状態で、私は小学校から帰ってきました。
玄関ドアを開けた瞬間、家の中の暖かい空気とともに、甘いケーキの香りに包まれました。
コーヒーとタバコの匂いは、母が寛いでいることを伝えてくれています。
私は、心の底からほどけるような幸せを感じました。
機嫌の良いときの母は、この上なく楽しく優しく、家の中がいつもより明るく感じられました。
外のどんよりとした雨空との対比が一層際立ちました。
私は確かに、母が好きでした。
ただ、別な感情も同時に自分の中にはびこっていました。
だから、その最も幸せな瞬間の記憶に、母自身の姿はありません。
母の存在を感じさせるコーヒーとタバコの匂い、そして、母が焼いたケーキの甘い香りに包まれた私だけが、記憶の映像に残っているのです。
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