朗読劇十二月八日のこと
来月12月5日から12月8日まで四日間六公演の朗読劇に出演します。
今年始めたことの一つが輪読会参加。仙台市内で定期的に開催されている輪読会(題材を参加者一同で読み進めるもの)にふらりと参加したことで、声に出して読むことと声に出して伝えることが同じようで違うということにいまさらながら気付かされました。
上手く読めることは必要条件ではありますが、上手く読めたからといって人にどれだけ深く伝わるのかは別問題なのですねえ。
もちろん基本的な技術は絶対に必要!というのが私の考えですけど。
さらに、この台本の難しいこと、難しいこと!あらすじを語るのでもなく、ドラマチックな展開があるわけでもなく、人と人との感情が絡み合う人間模様があるわけでもなく、ただ淡々と12月8日という1日が過ぎていくのです。
12月8日…トラトラトラ。真珠湾攻撃の日。大東亜戦争開戦の日。
と、知識としては知っていますが、では当時の一般市民は、少し名の知れた文学者や軍人は何を思いどんな様子で開戦のニュースを聴いていたのだろうか。と、いう、いまだかつて私が出演した舞台にはない難しさがありました。
感情を伝えたいなら声を震わせ、大声を張り上げ、早口になって劇的な動作を加えたらそれなりに見える。
言葉を伝えたいならゆっくりと一言一言を大切にし、間を取り、噛み締めながら話す。
と、そんな小手先のことではこの朗読劇は料理できないようだなということはわかりました。
では、何をどうすれば良いのか?
基本、
何もどうもしなくていいのだ
と思います。
全てをお客様に委ねる。お客様に考えて欲しいのです。戦争反対と叫ぶのはたやすいけれど、日本が開戦に踏み切った当時、市民は何を思いどんな暮らしをしていたか知ることで、12月8日はもしかしたらこの先のいつか、起こる可能性があるのかも知れないと想像して欲しいのです。
いや、私自身も演者でもあり観客の目線でこの舞台に立っています。
映画を観てもドラマを観ても、小説を読んでも舞台を観ても、わかりやすいものしか受け付けなくなっている自分にハッとしました。
最近は倍速で映画を観たりすることができるそうですが、それによって見えなくなっているものはないでしょうか?あらすじだけわかればそれで良いなら、物語の味わいってどこにあるのでしょうか?
そんなことを考えながらこの朗読劇に参加しています。
六回公演の中で自分は何を読みとり、何を感じ、何を手渡せるだろう?貴重な体験ができることに感謝です。
あ。それにしても…
発せられた音にウルサイのは昔からだけど、今流行りの?声優さんの発音の仕方が耳障りで仕方ない!
オバサン(私)はやはりピン芸が向いてるなぁと再確認しましたよ。
三月の講談に向けても練習開始しなくては〜!


QRコードを読み込むと、チケット購入サイトに飛びます。
岡山あさひ扱いで
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