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【#4】火曜日の夜 ──妻の「行ってきて」

「行ってきて」と言ったのは、私でした。

それだけでした。それ以上は何も言いませんでした。
夫は少し驚いたような顔をして、それから頷いて、鞄を持って出ていきました。
玄関のドアが閉まって、子どもがまだ朝ごはんを食べている音だけが残りました。

あの言葉が正しかったのかどうか、今でもわかりません。


夫の様子がおかしいとすぐに気づきました。

朝の支度をしている途中で、電話があって、その後しばらく動けなくなっていた。背中を見ているだけで、何かよくないことが起きたのはわかりました。
長く一緒にいると、そういうことは言葉より先に伝わります。

「どうしたの」と聞きました。

「父が倒れた」と夫は言いました。

口にした瞬間、夫の声が少し変わりました。
声にしてしまったことで、現実になってしまったような、そういう変化でした。


何かを言わなければならない、と思いました。

でも何を言えばよかったのか。
大丈夫だよ、と言うのは違う気がしました。大丈夫かどうかは、まだわからない。
夫は今、情報を処理しきれていない。詳しく話せる状態ではない。

一緒に行く、と言うことは考えました。
でも子どもはこれから学校で、今日は私も仕事があって、すぐには動けない。

夫がどうすればいいか迷っているのは、顔を見ればわかりました。
行かなければいけない。でも仕事もある。子どものことも。
そういうことが、全部同時に頭の中を回っているのが、少し離れたところからでも見えるようでした。

だから「行ってきて」と言いました。

それ以上でも以下でもなく、ただそれだけ。
こちらのことは心配しなくていい、という意味も含めて。


夫が出ていってから、しばらく玄関を見ていました。

義父とは、それほど頻繁に会う間柄ではありませんでした。
年に数回、お正月や夏に帰省するとき。
子どもを連れていくと、いつも嬉しそうにしていました。
「大きくなったな」と言って、少し照れたように頭を撫でていました。

夫の親だから、私の親でもある。
そういう感覚が、少しずつ積み重なってきた数年間でした。

病院に向かっている夫は今、何を考えているのだろうと思いました。
電車の中で、一人でいろいろなことを考えているのだろう。
仕事のこと、親のこと、これからのこと。

でも「行ってきて」は、行っていい、という意味でもあったから。
少なくとも、そのくらいはできた。


昼過ぎに夫から短いメッセージが来ました。

「検査中。ひとまず落ち着いてる」

ひとまず。その言葉が少し引っかかりました。
ひとまず、ということは、まだわからないことがある。
でも今は、それ以上のことは聞きませんでした。
夫がいる場所で、今伝えられることを伝えてくれた。それで十分でした。

「わかった。」と返しました。


その夜、子どもを寝かしつけてから、少し考えていました。

これから、夫の家族のことが少しずつ変わっていくのかもしれない。
義父の体のこと、義母の負担のこと、夫がどこまで関われるのか。
まだ何もわからないけれど、今日を境に何かが動き始めた気はしました。

「行ってきて」と言えたのは、よかったと思います。
でもそれだけで足りるのかどうかは、これからわかることです。
夫が一人で抱えないように、でも私が前に出すぎないように。
そのバランスを、これから探していくことになるのだろうと、寝室の暗い天井を見ながら思いました。

どこの家にも、こういう夜がある。

そしてその夜に「行ってきて」と言える人がいることが、どれだけ大事なことか。あの時はまだ、そこまで考えていませんでした。


【#6】妹の距離 ~coming soon~


このシリーズは「けあとの遭遇®」という研修プログラムの開発者が書いています。
介護と仕事が交差する場所に、もっと「話せる」場をつくるために。


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