織田信澄 本能寺 理由は父の仇?『豊臣兄弟!』と史実の違いを検証
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第27回「本能寺の変」で、事件を動かす重要人物として描かれた織田信澄。
信長の甥でありながら、なぜ伯父を討とうとしたのでしょうか。
ドラマで示された理由は、父・織田信勝を信長に殺された無念を晴らすためです。
母・ちよの願いを背負った信澄は、偽の御内書や毒入り料理の事件を通じ、明智光秀の決断を促します。
しかし、史実はドラマと同じではありません。
信澄が光秀と本能寺の変を計画したと立証できる決定的な史料は確認されていません。
変の当日も、信澄は本能寺ではなく、四国征伐軍の一員として大坂方面にいたとされます。
事件直後には信澄を首謀者とする情報が流れましたが、『家忠日記』には後に、その情報を「虚説」とする記録も残っています。
ただし、この訂正情報が信孝・丹羽長秀側へいつ伝わったのかは分かっていません。
信澄は光秀の娘婿という姻戚関係から共謀を疑われ、変の3日後に信孝・長秀側の軍勢に攻められて死亡しました。
ドラマの復讐者と、事件直後の混乱の中で殺害された史実の武将。
二つの織田信澄を比較すると、『豊臣兄弟!』の本能寺の変がさらに深く見えてきます。
