W.ハイゼンベルグ『部分と全体 私の生涯の偉大な出会いと対話』

私が続けた。「それ以外に、量子力学の拡張の必要性が、時折問題にされるのは、人間の意識の存在についてです。物理や科学に”意識”の概念が現れないということについては疑いの余地はないだろうし、何かそれらしきものを量子力学からどうやって作ったらよいかも実際よくわからない。しかし生きた有機体までを含めた自然科学の中に、意識は場所を持つべきだ。なぜならそれは実在に属しているからね。」


ここで私は再び対話に加わろうとして次のように発言した。「あたはいま正確に今日の量子論の特徴的な性格を記述されました。原子的な現象から法則性を推論しようと思うならば、われわれはもはや空間と時間の中での客観的な経過を結びつけることはできずーより注意深い表現を用いるならばー観測状況というものが現れてきます。これに対してだけ、われわれは経験的な法則を保持できます。われわれがそのような観測状況を記述するのに使う数学的な記号は、事実よりも、むしろ可能性を表すものです。それは可能性と事実との中間的なものを表していて、おそよ統計力学的な熱学において、温度について言われるのとたかだか同じ意味で客観的なものであると、おそらく言うことがで来るでしょう。この可能性についての一定の知識は、いくらかの確実な、そしてはっきりとした予言を許すことも事実ですが、一般的には、それは将来のある結果についての確率的な結論を許すだけです。日常経験の領域から遥かかなたにある経験領域においては知覚の秩序を”物自体”ーあるいはあなたがその方がよいというのなら”対象”と言ってもいいのですが、その模型によってはもはや貫徹しえない、したがって一つの簡単な言葉でまとめるならば、原子は物でも対象でもないということをカントは予見することができませんでした。」
「しかしそれではいったい原子とは何ですか?」
「それに対しては、言語を使っての表現を与えることができません。なぜなら、われわれの言語は日常の経験と結びついて形成されておりますが、原子は確かに日常経験の対象物ではないからです。しかし、もしあなたが言い換えることをお望みなら次のように言いましょう。それは観測状況の構成要素であり、現象の物理的な分析にとって、高度な説明価値をもった構成要素です。」
ここでカール・フリードリッヒが言葉をはさんだ。「われわれが、いやしくも言葉による表現の困難さについて話すと言うのであれば、現代物理学からひき出しえる最も重要な教えは、おそらくわれわれに経験を記述させるすべての概念が、ある限られた適用範囲しかもっていないと言うことでしょう。”物”、”知覚の客体”、”時点”、”同時刻”、”広がり”等のような概念の場合には、これらの概念ではうまくいかないような実験状況を示すことができます。それにもかかわらず、それらは、これらの概念がすべての経験の前提とはなりえないということを意味してはいないので、いつでも批判的に分析されるべき前提が重要であって、それからはいかなる絶対的な主張も引き出すことができないということを示しているのです。」
そこで彼女はさらに尋ねた。「このカントの”先見的”ということの相対化は、言葉そのものであって、単に”われわれは何も知ることができないということがわかった”という意味での完全な断念を意味しているのではないということですね? それではあなた方の観点からするれば、その上に確立できるような認識の土台というものは存在しないのですか?」
そこでカール・フリードリッヒが今度は非常に大胆に、自然科学の発展から、一つの楽観的な見解をとることができると答えた。
「科学の進歩は、ただ単に、われわれが新しい事実を知り、そして理解するというだけにとどまらず、”理解する”という言葉が何を意味するかということを、われわれが繰り返し、あらためて学ぶことによっても達成されていくのです。」


「人は破局の後に来る時代のことを考えなくてはならない、と(マックス・)プランクは言い、そのことは私にもよくわかった。それは破局の間を通して不変の島をきずき、若い人々を集め、そして彼らをできる限り生き生きと破局を切り抜けさせ、そして破局が終わった後で、もう一度新しくやり直すのだ、と言うのがプランクによって述べられた課題であった。
ライプチッヒに帰ったときには、少なくとも差し当たってはドイツに、そしてライプチッヒ大学に留まり、この道がさらにどこへ私を導くかを見定めようと、私の決心はついていた」

オイラーは帰ってきたとき、動揺し不安になっていた。そして彼はくわしく、われわれに彼の体験について報告してくれた。 「あなたの話されたヒトラーユーゲントのリーダーも属していたある若者たちの小さなグルーブがありましたが、その人々は本当にナチス主義を信じて、そこから何かよい成果が得られるにちがいないという意見をもっていました。私は、今やどれだけ多くの恐るべきことがこの運動からすでに発生したか、そしておそらく今後、その運動からドイツにとって、どれだけの不幸が引き起こされるかということを知っています。それと同時に、私はこれらの若いナチス党員たちの多くが、それにもかかわらず私自身と何か似たことを求めているということを感じました。彼らもまた物賀的な繁栄と、そして上っ面の名声とが最も重要な価値基準として通用するような、この硬直化してしまった市民社会を耐えがたいものと感じています。彼らはたしかにこの空洞化してしまった形骸を、 何か充実した生き生きとしたものによって置きかえようと望んでいます。彼らは人間同志の関係を、 より人間的なものにしたいと願い、そのことは同様に私も根底において望んでいることです。それなのに、どうしてそのような試みから、そんなに多くの非人間的なことが生まれてくるのかということ私はまだよく理解できません。私にわかることは、それが現実だということだけです。」

ある日、彼(ハンス・オイラー)をウラン問題の協力者として申請してもよいかと尋ねた。
「無意味さに満ちたこの世の中で、 ここで私が原子エネルギーの利用について仕事をしたところで、それが何の役に立つのか私にはわかりせん。」
「現在進行しつつある破局については、われわれは皆無力だ。」私は反論した。「あなたにもできないし、私にもできない。しかしその後での生活は、ここでも、ロシアでも、そしてアメリカでも、いたる所で再び続けられる。それまでに有能、無能、罪のあるなしにかかわらず非常に多くの人間が死ぬだろう。しかし生き残ったものは、そのとき、よりよい世界を建設するために努力しなければならない。それだって格別よいと言えないかも知れない。そして人々は戦争がほとんど何も問題を解決しなかったということを認識するに違いない。しかしそれでも、いくつかの誤りはさけられ、いくらかでもよりよくすることができるかも知れないのに、どうしてあなたはその場にいようと思わないのですか」
「私はそうした課題を自分に課している何人をも非難するつもりは全くありません。すでに以前から環境の不十分さに甘んじ、そして大きな革命より不断の骨の折れる小さな一歩一歩の改善の方を選ばれた方は、どなたも忍耐したことの正しさが裏書きされたことを見出し、そして戦後に再び骨の折れる小さな歩みを繰り返されるでしょう。それは長い間には、おそらくすべての革命よりも優れているでしょう。しかし、私はそれに対してちがった見方をしています。たしかに、私は共産主義的な理念が人間の共同生活を根本から刷新し得るものと期待しておりました。
世界を坩堝と化そうと欲する人なら、自身が坩堝の中へ投げ込まれることも覚悟すべきです。このことはあなたも、やはり理解してくださるにちがいありますまい」
ロシアとの戦争が勃発した。アソウ海上の最初の偵察飛行から、オイラーの搭乗機は帰って来なかった。

一九四五年八月六日の午後のことであった。一個の原子爆弾が日本の広島市の上に投下されたということをたった今ラジオで聞いたと言ってカール・ビルツが突然私の所へやってきた。私は初めこのニュースを信じようとしなかった。なぜならば、原子爆弾を製造するのには、おそらく数十億ドルにものぼるであろう莫大な技術的出費を必要とすることを私はよく知っていたからである。また心理的にも、私の大変よく知っているアメリカの原子物理学者たちが、そのようなプロジェクトに全力を投入することなどあり得ないと私には思われた。
晩になってようやく、ラジオのニュース解説者が、それに費やされた莫大な技術的出費について説明した時、 古くさい赤レンガの建物で、 私が二十五年の歳月にわたって心血を注いできた原子物理学の進歩が、今や十万人を遙かに越える人間の死の原因になったという事実と直面しなければならなかった。
最もひどいショックを受けたのは、当然のことながらオットー・ハーンであった。ウランの核分裂は彼の最も重大な発見であったし、それは原子技術への決定的で、かつ誰にも予想さえつかなかった第一歩であった。そしてこの一歩が、今や一つの大都市とその市民に、しかもその大部分の者は戦争について責任はないはずの武器を持たない人々に、恐るべき結末をひき起こしたのであった。ハーンのショックはひどく、取り乱して彼の部屋にもどって行った。われわれは彼が自殺するのではないかと真剣に心配した。


ニールス(・ボーア)は答えた。
「われわれは、一方において古典物理学とはちがった法則を定式化するが、他方では測定したり写真を写したりする観測の段階で、古典的な概念を何の躊躇もなく使うのだ。それは、われわれが得た結果を人に知らせるためにはわれわれは言葉に頼らねばならないのだから、そうせざるを得ない。」
「われわれが日常生活の経験について語る場合と本質的には同じ構造をもった言葉を使って、われわれの測定についても語ると言うことが、われわれの学問の基本的前提に属している。」


「”はじめに対称性ありき”それはたしかにデモクリトスの命題”はじめに粒子ありき”よりは正しいものだ。素粒子は対称性を具体化させた対称性の最も簡単な表現であるが、しかし素粒子は対称性の帰結でしかない。宇宙の発展においては、後で偶然が働くようになる。しかし偶然でさえも、最初に設定された形式に合っている。それは量子論の頻度の法則を満足させるものである。」

「素粒子はプラトンの『ティマイオス』における正多角形と較べることができる。それは原始描像であり、物質の理念である。核酸は生物の理念である。この原始描像がすべての広い出来事を定める。それは中心的秩序の代表者である。そしてあらゆる創造物の発展において、たとえ後から偶然が重要な役割を果たすとしても、この偶然もまた、なんらかの方法で中心的秩序に結びついてるものであるかもしれない。」

「われわれの思考は、最も簡単なものからやりはじめることが目的にかなうようになっているようだ。そして最も簡単なものというのは、一種の二者択一である。イエスかノーか、存在か非存在か、善か悪か。
しかしながら、われわれは量子論において確かに、二者択一の際にも、イエスとノーとだけの答えが存在するのではなく、他のそれに相補的な答えも存在するということを知っている。すなわちその中ではイエスかノーの確率は定まっていて、さらにその上にイエスとノートの間に一つの供述価値をもったある種の干渉が確定しているのだ。」

「アリストテレスの意味での二分割は、まさしくパウリが手紙の中でかいたように悪魔の象徴であり、それは繰り返しを継続することによってただの混沌に導くだけだ。しかし量子力学的な相補性とともに出現した第三の可能性は、実りあるものになり得るし、そして繰り返しによって現実の世界の空間に導き得る。事実、古い密教において”三”という数は神格的な原理と結びついている。密教にまでさかのぼらなくても、人はヘーゲルの三段論法を考えてみることもできる。命題、反命題、総合。総合は単に一つの混合、命題と反命題からの妥協ではなく、それは命題と反命題の結びつきから、何か定性的に新しいものがうまれたときにのみ、実りあるものとなるだろう。」





いいなと思ったら応援しよう!