発達障害が信用されるには結局「謙虚さ」が大事と学んだ、坂巻のしくじり体験
※ 本記事が、おかげさまでnote公式よりコングラをいただきました

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※ 本記事は、過去に人間関係で信頼をなくしつつも、人間関係を良くしたいと望む成人の発達障害を対象としています。
「君は、本っっ当に最低な人間だ。大学で僕を本気で怒らせたのは、君が初めてだよ」
身の毛がよだつ、恐怖と不安が襲った。
あれはちょうど20年前の2月、大学の春休み。
僕は、家のパソコンの前で先輩のメッセージを見て、1時間近く硬直していた。
どうしていつも、人を怒らせてしまうのだろう。
なぜ、良かれと思った行動が周りの空気を乱してしまうのだろう。
僕は、またしても嫌われた。
そして、大学で僕の居場所はなくなった…
おめでたい新年だというのに、冒頭からいきなりショッキングなエピソードで始まってしまい、大変失礼いたしました。
これは、僕が実際大学時代に経験した話です。
当時、僕は周りにうっかり発言を繰り返しては信用をなくし、誰からも誘われない寂しいキャンパスライフを過ごしてきました。
友達・先生、誰に対しても会話が長続きしない。
冗談を真に受け、落ち込むか怒鳴るかの2択でひんしゅくを買ってしまう。
そして、相手の話を自分の話にすり替え、気づいたら総スカンを食らう。
しかし、それは社会人になって発達障害によって自制が効かなかったが原因だったのに、僕は気づきました。
そして今、僕は発達障害でも人生で大切な一つの答えを見つけました。
「発達障害でも信用されるには、結局【謙虚さ】が大事なんだ」
なぜ、大学時代に先輩を激高させて居場所もなくした僕は、このような答えを見つけられたのか?
2026年1回目の記事は、僕が大学時代にしでかしたしくじり経験から…
発達障害でも、謙虚に生きた方が、最後に信用を得ると学んだエピソードをお話します。
この記事を通じ、素直な姿勢があなたに合った生き方の一つである大切さを、感じていただければ幸いです。
1.発達障害によって、大学の先輩を怒らせた坂巻の過去

僕の大学生活は、黒歴史そのものでした。
どこに行っても友達と会話が噛み合わなければ、飲み会や合コンに誘われるのも皆無。
同じ趣味同士で集まったサークルでも、3人以上の会話についていけないし、聞くだけで精一杯。
授業でも、サークルでも、休み時間の時でも…
「コイツ、話全然分かってない」だの「意味不明な発言ばっか」と罵られる日々でした。
ひどい時には…
「君も友達だから」という理由で、男友達の彼女の家に泊まっていいかと相談し、男友達から「そんなの許すわけネエだろ!」と呆れさせられたほど、空気の読めないヤツでした。
相手の立場を考えず、調和を乱す僕は…
次第に「俺のこと分かってくれ!俺こんだけすごいのに!」と承認欲求に走り、裸の王様と化していました。
僕が20歳を迎えた時。
大学の友達、しかも僕の話を(表面上だけでも)聞いてくれそうなメンバーだけ固めて誕生会を開いてくれと、関係者にメールを送りまくりました。
先輩も、メールを送った対象の一人でした。
自分で「20歳の俺の誕生日祝って!」と言わんばかりの態度。
相当痛い子でした。
誕生会を開くのが、悪いのではありません。
しかし、僕は昔このように考えていました。
「この前友達の誕生会に俺は行ったんだ。だから俺の誕生日を開いてもおかしくないだろ」
…もはや、論理がメチャクチャですよね。
今なら、信頼を寄せる人に「実は…祝って欲しいんだけど、自分から出しゃばるのも嫌なんだ。〇〇の人徳で、調整できるかなあ?」と相談もできますが…
しかし、当時は「誕生会を開く」のが目的となってしまい、相手の都合や感情など無視して出しゃばる輩だったのです。
先輩の出会いは、大学の授業にて。
僕の通っていた大学は、1学年1,000人ほどで、どこを歩いても知り合いに会ってしまうほどの小規模キャンパス。
友達の友達が、自分の友達なんて関係も珍しくありませんでした。
そのため、人のうわさなどすぐに広まります。
この時のエピソードも、友達の間では既に共有されており、学校に行くと「お前、ちょっと痛かったぞ。気をつけろよ」と注意される始末でした。
先輩からも、「開きたいんだったら、相手の都合を考えてから決めようね」となだめられました(まだ諭されるだけで救いようはあったのかもしれませんが…)。
また、この時を境に、先輩や友人は僕への態度が変わりました。
会うたびにこちらから挨拶しない限り話さないし、僕への関わりも薄くなってきました。
そして、年明けの1月。
僕は先輩を激高させる、決定的なしくじりをしでかしたのです。
ある時、友達と一緒に授業を受けた時の先生が、1年間海外に赴任することになりました。
そこで、友達の一人がお別れ会を企画しました。
僕も、その企画に参加することに。
教室には、既に友達が周りと固まって何か準備をしている様子でした。
そうです。
友達は既に、僕のいないところで人集めから先生へのプレゼント決めまで、先頭に立って企画を進めていたのです。
この時点で、僕がハブられているのは明白でしょう。
しかし、当時の僕は鈍感です。
「あれぇ、それ先生へのプレゼント?なーんだ、それなら俺も呼んでくれりゃ一緒に考えたのに」
誰一人、僕に対する返事はなし。
それでも、僕は無視させているのに気づかぬまま、ヘラヘラした面で企画に参加したのです。
最後に、先生と参加者で写真撮影。
その時、僕はギターを背負って満面の笑みでピースサイン。
承認欲求はピークを達し、もはや僕は自分一番としゃしゃり出すナルシストへと向かっていったのです。
お前、どんだけ痛い子なんだよ。
今思い返しても、穴があったら入りたいほど忌まわしく恥ずかしい記憶。
もしタイムマシンがあれば、過去の僕に向けて思いっきり往復ビンタしたい気分です。
それから3日後。
先輩から、メールが一通。
先輩から連絡するなんて珍しいなと思い、中身を見ると…
あのさ~君、最近どうして話しかけても誰も君に返して来ないか分かってる?
自分さえ良ければいい、自分が目立てばみんなが興味引いてくれるなんて、おこがましいこと考えてない?
正直、君のことうざったいんだよね。
僕だけじゃない、君の周りにいる人もみんな僕と同じこと考えている。
去年の誕生日の件だってそうだった。
あの時、僕言ったよね?
「相手の立場を考えて、行動しようね」って。
君ももう20歳になったんだから、それ位分かってるよね?
なのに、君は学習しない。
改善しようという努力もしない。
自分の言動に責任も感じられない。
教師を目指す教職課程で、君みたいな謙虚じゃない人がいては、場が乱れるんだよ。
いい加減にしろ!
自分の胸に手を当てて考えて、恥を知れ!
君は、本っっ当に最低な人間だ。
大学で僕を本気で怒らせたのは、君が初めてだよ。
もはや、先輩が僕に対してしびれを切らしているのは明らかでした。
2.先輩から縁を切られて、僕が学んだこと

僕は、先輩からのメッセージを見て…
また人を傷つけた・自分はここにいてはいけないとひどく落ちこんでは、自分のしでかしたバカさ加減にようやく気付きました。
しかし、時すでに遅し。
極めつけに、先輩は僕を突き放します。
「SNSでの友達つながりは、金輪際外させていただきます。また機会があれば、よろしくお願いします」
それから2カ月後。
進級した最初の日、大学で先輩を見かけました。
僕は「顔を合わせてしまった」と決まりの悪さを感じ、すかさず先輩のもとに飛び込みます。
「ごめんなさい!ごめんなさい!全て僕が悪かったんです!!」
悪いことをした = 誠意を見せて謝らなければいけないというゼロ100思考が発動し、僕は先輩に向かって床に跪いて平謝り。
周りは何が起きたのか、口をポカンとしています。
先輩は、ため息をついて一言。
「…もういい。見ているこっちが恥ずかしいから、早くこの場を離れてくれ。…謝らなくていい、離れろって言ってるんだ!!」
周りがしらけている雰囲気にバツの悪さを感じ、僕はその場を離れました。
また一人、縁を切られてしまった。
信用をなくし、居場所をなくしてしまった。
この日、僕は進路指導のガイダンスを受けた後、うつむき加減にそそくさと帰宅したのを覚えています。
先輩も、先輩の周りも傷つけた。
僕は絶望的になり、何としても周りに顔を会わせまいと人を避け、次第に孤立していきました。
あれから、20年ー
僕は今、障害者雇用であれ正社員として勤めています。
結婚もして2児の父親にもなり、発達障害でも人並み程度の生活を送れるようになりました。
ハタから見たら、華やかな身分かもしれません。
一方、当時の出来事は、時たま夢や一人の時に蘇ってきます。
その瞬間はツラい部分もありますが、そのたびに僕はこう思うのです。
「あの時、俺がヘマをしたのは先輩の言う通り、謙虚じゃなかったからだ。自分の意見が受け入れられない時でも『どこか自分に悪い部分があったかもしれない』と原因を自分に向けず、周りのせいにして現実から目を背けていた愚か者だった」
「ゼロ100思考が発動すると、感情のコントロールが効かなくなる。自制が効かなくなれば、承認欲求が増してトラブルを起こしてしまう。だから、悪い時が起こるほど謙虚でいよう。昔の記憶を二度と起こさないよう、雰囲気を濁したらすぐにごめんなさいと言おう」
なぜ僕が、こんな学生時代のエピソード一つに、重い価値を置くのか?
それは、障害特性によって人を傷つけてきた黒歴史を、繰り返したくないためです。
ある年の元旦。
僕はこの年、一つの目標を掲げていました。
「仕事でミスをしないよう、ゆっくりでも確実にこなそう。人の意見は、素直に聞こう」
この誓いを胸に刻んだ結果、僕は半年連続ノーミスで仕事を終えました。
この年は残業続きの日々でしたが、人間関係が好転していくのに気づきました。
「坂巻、この頃大変だよなあ。ほれ、缶コーヒー飲め」
「坂巻、お前はスピードに欠けるけど確実にやってくれる。そういうコツコツさが、俺は大好きだ」
そうです。
僕はここで、現実から目を背けず謙虚に仕事をすれば、認めてくれる大切さに気付いたのです。
結局、僕は家庭事情によりこの年で転職したのですが、社長の恩赦でボーナスも上乗せしていただき、生涯最高の年収を得ました。
この経験から、僕は発達障害でも結局「謙虚さ」が信用を得るんだと学びました。
そして、謙虚さに気づかせたきっかけが、大学時代のしくじり体験だったんだと気づいたのです。
あの頃の出来事は、今も僕の胸に「二度と同じ失敗はするな」と刻み続けているのです。
おわりに

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
恥ずかしい話、僕は当時の忘れかけた記憶を思い出す中、涙が流れそうな瞬間が何度か訪れました。
今は自分の中で清算がついていますが、それでも当時の記憶というのは思い出せばツラいものです。
それでも、過去に僕がどんなリアルな体験談をしてきたのか?
あなたと同じ悩んでいた姿を共有するため、この記事を書かせていただきました。
実は、今回の話には続きがあります。
何と僕は、先輩と2度再会したのです…!
先輩とは、その後どうなったのか?
そして今、僕は2度の再会を通じ何の感情を抱いているのか?
その真実は、こちらの記事で公開しております。
大学時代にしでかした経験、そして再会を経て僕はどう生き直したか?
その答えが、この記事に全てを詰め込んでいます。
あなたがもし、本気で人間関係のあり方を変えたいとお望みであれば…
どうぞ、この先への記事へとお進みください。
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