娘ちゃんの頭の中は?|喜怒哀楽とインサイド・ヘッド(生後4ヶ月)
生後3〜4ヶ月にかけて、娘ちゃんの感情の幅が大きくなっていったように思う。
2ヶ月の頃から、なんとなく「好き」と「嫌」が見えてきたような気がするとは思っていたのだが、さらなる広がりを感じている。快/不快、の2択ではない、喜怒(哀)楽のようなものが芽生えてきているようなのだ。
例えば、「不快」寄りの感情について。先ほど(哀)とかっこ付きで書いた通り、「哀しみ」のような感情を持っている様子はまだない。
一方で、「怒り」のような表出をするタイミングは増えた。
「お腹すいたよ〜」「眠い〜」「オムツがいやな感じ〜」というような不快の表出は生まれてすぐに見られるものだと思うのだが、こうした欲求とは異なる様子を見せてくれるようになったのだ。
オーボールで遊んでいるときのこと。
生後3ヶ月にかけてオーボールを手で持ったり舐めたりできるようになってきていた娘ちゃん。最初にできるようになっていたのは「オーボールをつかむ」「つかんだオーボールを舐める」という動き。同じ時期に「自分の拳を口に入れる」という動きもするようになっていた。
娘ちゃんは次第に、「オーボールをつかむ」と「自分の拳を口に入れる」を同時に行おうとするようになった。しかしオーボールの大きさは、娘ちゃんが口を開いたときの2倍以上。自分の拳とは違って口に入れることはできず、はむはむできない。
するとどうなるか。「できないんだが!?!?」と怒るようになった(ように見えた)。
目を釣り上げ「THE怒り」という顔をして、「ああ〝〜!!!!」という声を出すようになったのである。
このオーボールに対して怒っている姿を、我が家では「オーボールと喧嘩している」と表現していて、喧嘩を始めたらオーボールとは距離を置くようにしていた。
身体感覚の不快さに対する苛立ちではなく、「やりたいのにできない!」という苛立ち。情緒面の成長を感じる。
「快」寄りの感情はどうか。こちらも幅が広がったように思いながら見守っていた。「喜」と「楽」とで異なる様子を見せてくれるのである。
「喜び」「安心感」を味わっている(と思われる)ときの娘ちゃんは、にっこにこの満面の笑みを見せてくれる。絵文字みたいな笑顔。そして穏やかに「あ〜〜〜〜〜」という声。ほっぺをくっつけたり、頭→ほっぺ→首と撫でてみたりすると、喜んでいるような様子を見せてくれる。
寝ている途中に目が覚めかけても撫でてあげると寝直すことができたり、怒っているときにほっぺをくっつけるとにこにこと落ち着いたり、ふれあうことが安心感につながっているようで、こちらとしても嬉しい瞬間だった。
一方で、「楽しい」を感じているときはもう少し激しい。声が大きくなり、顔を真っ赤にするときもある。「きゃ!きゃ!」とか「あ!あ!」「へえ!え!」というような、勢いのある声を出す。
「楽しい」を感じる瞬間はどんどん増えている様子で、お気に入りは「らららぞうきん」というふれあい遊び。「ぞ〜うきんを ぬいましょう♩ちっく
ちっく ちっく♩」という歌詞とともに、指で身体をつんつんすると元気な声を出してくれる。
また、これまでノーリアクションだった「こしょこしょ〜」というくすぐりに対しても笑ってくれるようになった。先日、「いないいいないばあ」の面白さも知ったよう。
さらに最近、娘ちゃんは大爆笑を覚えた。
娘ちゃんの横に寝転がり膝を抱え、娘ちゃんのほうにコロンと転がり目を合わせつつ「コテン!」と言う。これを数回繰り返すと、聞いたことのない音量と声で笑い出したのだ。「ぎゃは!あは!あはははははは!」という感じ。数日経ってから「コテン」をやっても大爆笑が取れた。ハマったらしい。
笑いのバリエーションが増えて、一緒に遊ぶのがより楽しくなった。
少し前までの娘ちゃんは、周りの大人が笑っているところを見て「あ、今、笑っておくところですかね。にこ(口角をあげておく)」みたいな笑い方をしていた。それがいつのまにか、感情が伴った笑いをするようになった。
「こしょこしょ、くるぞ〜〜〜」という期待を込めた笑顔、楽しすぎて仕方がない大爆笑、安心しきっている微笑み、眠る直前に眠気と闘う新生児微笑のような表情。
「笑い」って色々あるけど、全部好きだなあ。
全部好きなんだけど、最近は娘ちゃんの大爆笑を取りたすぎて、新たなツボを見つけるべく研究を重ねている。
娘ちゃんの喜怒哀楽を想像しているとき、頭に思い浮かぶコンテンツがある。ピクサー映画「インサイド・ヘッド」である。
ライリーは、笑顔が素敵な活発な11才の女の子。彼女の頭の中には5つの感情が存在する。ライリーを楽しい気持ちにすることが役割のヨロコビ、嫌いなものを拒絶する役割のムカムカ、腹が立った時に怒りを爆発させる役割のイカリ、危険からライリーを守る役割のビビリ。でもライリーを悲しませてしまうことしかできないカナシミの役割だけは謎に包まれている…。そんな感情たちは、頭の中の司令部で、ライリーを幸せにするため日々奮闘していた。
https://www.disney.co.jp/movie/head
「インサイド・ヘッド」は2015年夏に公開された。当時、夏休みには学童でアルバイトをしており、映画鑑賞会という行事に引率したら子どもたちと一緒に劇場で観ることができた。ラッキーだった。
続編の「インサイド・ヘッド2」は2024年の夏に公開。観たいと思っていたものの機会がなく、お正月に思い立ちディズニープラスで配信されているものを視聴したのだった。せっかくなので前作もあわせて。
この先はうっすらストーリーに触れてしまうので気になる方がいれば読み飛ばしてほしい。
「インサイド・ヘッド」を観ながら、自分の娘ちゃんに対する関わり方を省みてしまった。
序盤のヨロコビは、ライリーの幸せのために「楽しいこと」だらけの思い出・記憶になるようにせっせと働く。嫌いなもの、腹が立つようなこと、危険なこと、悲しくなるようなことには出会わないほうがいいし、出会ったとしても忘れたほうがいい、という考え方。
物語として客観的に観ていると、そんなヨロコビの様子は危うく見えてくる。そんな極端なことをしてしまうのはライリーのためになっていないんじゃない?と。
でも、自分も同じなのである。
ヨロコビと同じことを、やっている。
前述した通りで、オーボールと喧嘩を始めたら距離を置こうとしてしまうし、娘ちゃんの大爆笑を取るべく日々試行錯誤している。
これは、ムカムカ・イカリ・ビビリ(娘ちゃんの中のカナシミはまだ活動していなそう)よりも、ヨロコビに動いてもらったほうがいいという価値観に基づいていると思う。加えて、ムカムカ・イカリ・ビビリが大活躍すると娘ちゃんは次第に大泣きになってしまうので、泣かずにご機嫌に過ごしていてほしい(そのほうが私も過ごしやすいので)という価値観によるものでもあると思う。
さすがにまだ0歳。親がムカムカやビビリから守ったほうがいい場面がたくさんあるけれど、時にはイカリに活動してもらう瞬間があってもいいんじゃない?とも思う。きっとこの先、全ての「不快」から守ることはできないし、「快」も「不快」も経験したほうが充実するという側面もあるだろう。
娘ちゃんの「不快」をすぐに取り除いたり、「不快」になる前にその要素を排除したりする前に、いったん立ち止まる。「不快」が待ち受けていることをわかっていて何もしないのは逆に大変だと思うのだが…練習していかねば。
娘ちゃんの喜怒哀楽の表出のたび、私の頭の中ではインサイド・ヘッドの感情たちのビジュアルを思い浮かべる。こうすることで、ちょっぴり愉快に、そして冷静に、ムカムカ・イカリ・ビビリ・(カナシミ)の働きを見守ることができるのだ。
いや〜でもまだまだ練習中。昨日もギャン泣きが始まると、感情たちを思い出す余裕もなく、必死になって泣き止ませようとしていた自分よ。子育てしていると、親側も育てられていくな〜。
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