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自由×選択肢≒不自由


「自由ほど難しいものはないよ」

幼い私に父が言った言葉だった。

私の家には小さな自由の女神像がある。
これは確か父が若い頃にニューヨークに短期間住んでいたときに買ったもの。その女神像は、私が小学生に進級する時に私の机に置くことになった。机の端で私を見守る女神像。今でも実家の私の勉強机に置かれている。

自由って素敵じゃん

って小さい頃は思っていた。早く自由になりたかった。
性別も家族も越えて、全て自分の責任で行動して、他人が困ることが少なくなるようにしたかった。つまり、私は自立への関心がとんでもなく高かったのだ。
けれど、「自由の難しさ」についてはよくわかっていなかった。自由だと、規律がなくなってしまう、ごちゃごちゃになる、ということはなんとなく理解していた。

あれから歳を重ねた今、自由の難しさを少し知った。

自由であるほど自分で"全て"を選択して、決定しなければならない。例え選択を間違えても、選び直すことはできない。選ばなかった選択肢が美しく、より良いものに見えてしまうこともある。自由であるほど、自分でその自由を狭めてしまう(不自由になる)のだ。そして、選んだ私を誰も守ってくれやしないし、間違ったと指摘する人は少なくなる。もしかしたら、指摘すらされないかもしれない。

しかし、その選択の積み重ねによって、私の人生は構築される。

「どの道を選ぼうと
選ばなかった道を失う寂しさとセット」

「自由に慣れれば慣れるほど不自由だって、どうして誰も僕らに教えてくれなかったの」

5月2日にリリースされた宇多田ヒカルの新曲「Mine or Yours」は、まさに選択の話。

私はこの曲を初めて聴いて強く心を惹かれた。
それは、たまたま同じようなことを考えていたとか、彼女も選択に迷い悩むことがあるのか、とか色んな感情があるが、その前に、とても美しかった。
選ぶ言葉が、迷ったときの考え方が、彷徨う中の答えの探し方が、あまりにも綺麗だと思ったのだ。

自由に慣れれば慣れるほど、不自由だって誰も教えてくれなかったのは、人によっての自由への価値が違うからなのかもしれない。

私にとっての自由はあなたにとっての不自由で
あなたにとっての自由は、私にとっての不自由

私たちの人生はいつどんな時も選択の連続で、選ばなかった道はより鮮明に見えて、選んだ道に不安を抱いてしまうだろう。けれど、きっとどちらの選択を選んだとしても迷い、片方は美しく見えてしまうんだろう。

そして自分の選択を、間違えたとしても、時間をかけて「それが正しかった」と言えるようになるまで悩みながら進み続けることで、不自由の中で自由を見つけていくのだろう。


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