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今日ときめいた言葉507ー「漂流する日本政治」

(ヘッダーはボストン郊外の貯水地)

(2025年10月15日付朝日新聞 オピニオン&フォーラム「漂流する日本政治」
早稲田大学教授(憲法) 長谷部恭男\法政大学教授(政治理論)  杉田敦\東京大学教授(歴史) 加藤陽子 
3人の言葉から

今自分が感じている政治に対するモヤモヤ気分やウンザリ感が3人の言葉で言語化され、少し整理されたと思う。記録として残しておきたい。

高市新総裁について

杉田氏
「女性がトップリーダーになるのはいいことだ」とひとまずは言えるが、日本の政界では極端に強硬な女性しか活躍できない構造になっているようで気になる。圧倒的な男性中心社会で認められるには、マッチョでコワモテでなければという「圧力」が女性にかかっている限り、真の女性活躍には結びつかないのではないか。

自公連立が壊れたことで、自民の選挙区での敗北が想定できる。それでも高市氏を選んだということは、非常に狭い視野でしか「戦況」を判断できなくなっていたのだろう。もはや身内を固めて古い自民党に戻ることしかできなかったのだろう。

加藤氏
自民党という家父長制的な政党、端的に言えば男性世襲議員が多い中で、中産階級出身の女性がトップに立つことは時代を画す慶事である。しかし、1986年に土井たか子氏が社会党委員長にとなって、マドンナブームを巻き起こしたこととの連続性で捉えることは難しい。男女共同参画に対するバックラッシュ(逆行)を経たうえでの初の女性総裁だということを踏まえておくべきだ。

「ワーク・ライフ・バランスを捨てる」発言は、軍隊の中隊長レベルの発想だ。それも負けている軍隊。「身を捨てる覚悟」を見せることでしか隊の統率をはかれない。とても残念だ。(う~む、なかなか上手い例えだ👍)

高市氏は安倍氏と同じように振る舞おうとするから危うい。最もまずいのは、彼女の言葉の定義が非常に狭く、射程も短いことだ。例えば「靖国というのは戦没者慰霊の中心的な施設で、平和のお社だ」という言葉は、彼女の勝手な定義で国際的には通用しない。アメリカは千鳥ヶ淵戦没者墓苑を正当な慰霊の場だと考えている。日中関係においても靖国神社というトゲを抜くのに両国がどれほど苦労したか、外交交渉の蓄積への敬意と理解がない。

今後アメリカ一辺倒では立ち行かなくなる中でアジアと付き合っていかねばならないのに、そのアジアの横っ面を張るようなひどい発言だ(これも上手い表現👏)

長谷部氏
「教育勅語大好き人間」を自称する高市氏は戦前のような「企業体国家」への憧憬を抱いているのではないか。国民全体の共通目標があって国が個人の生き方を決める。その考え方が暴走し戦争に進んだ結果できたのが日本国憲法だ。この憲法により企業体国家から「広場としての国家」へと国家像が転換した。広場ではどう生きるかは国民一人ひとりが決める。

ところがトランプ大統領の出現によって広場のお手本だったアメリカが企業体に変貌しつつある。日本も広場のままではダメなのだという焦りや気負いが高市氏の言葉の端々ににじんでいる。

自民党への過大評価

杉田氏
総裁選の中で排外主義的風潮を煽りかねない外国人政策が出てきたことは見逃せない。日本人ファーストを掲げる参政党に動揺して引きずられるように外国人排斥的流れが加速した。

日本の政党は自民党を過大評価して自民党中心の発想から抜け出ていない。世界を見渡せばわかるように考え方が違う政党が争点を限定して連立している。野党の動きが鈍いのは政党政治への理解が浅いからだ。それが日本政治停滞の大きな要因だ。

加藤氏
高市氏を選んだことで自民党は包括政党であることを諦めたと言える。以前は党内外のコンセンサスを意識した経済的利益配分に留意し幅広い人たちを包摂してきたが、ついに党内の一部の「無責任なポピュリズム」にくみした感がある。

長谷部氏
昨今の日本政治の特徴はニヒリズムだと思う。権力を握ることが自己目的化していて、なんのために権力を握るのかという目標や価値が蒸発してしまっている。議席を伸ばした小政党の党首は人気取りにはたけているがあるべき社会像を描けていない。

石破おろしと戦後80年所感

長谷部氏
石破首相をスケープゴートにした。ヤギさんは別に悪いことはしていないが、そんなことはどうでも良い。全て悪いことは彼のせいにすることでみんながまとまることに意味がある。結果、裏金議員が支える高市氏を選び、「傷もの」が党の要職につく。

今さら安倍政治に戻るなんてできるはずがないし、やってはいけない。国が潰れる。

杉田氏
石破おろしの中心にいた人たちが「安倍政治」の復権を目論んでいたのは明らかだ。復権させれば支持層を引き戻せると夢を抱いて高市氏を選んだ。彼女は積極財政を打ち出しているが、安倍路線で膨らんだ国の借金をさらに増やせるのか。

石破氏の閣議決定を伴う戦後80年談話を出すのを反対した人たちは、安倍70年談話を上書きされたくなかった(「あの戦争に何ら関わりのない先の世代の子供たちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」これはドイツの哲学者ヤスパースの「戦争の四つの罪」のうちの一つ、「刑事的な罪」(戦犯が負う=のちの世代は関係ない)、だけに基づくもの。これに対し、西ドイツのワイツゼッカー大統領は、その他の3つの罪を含めた罪を継承すると宣言した)

安倍談話で無視されたままの他の3つの罪が気になる。政治的な罪ー国民全体が負う。のちの世代も継承する/道徳的な罪ー戦争への加担、傍観といった個人の行為に対して良心がその行為を裁く/形而上的な罪ー災厄を引き起こす人間という存在が抱える罪。

加藤氏
石破氏は所感の中で戦争を止められなかった理由を歴史から真摯に学び続ける国民がいて初めて平和国家が築けると述べている。日本の今後の針路を注視する世界に向けての言明は、日本国民全体の利益と福祉にかなうものだと思う。

今後の日本政治

長谷部氏
政治家は行為の結果に責任を負う(マックス・ウェーバー「職業としての政治」)責任倫理を問われないために政権を維持し続け、公文書を改ざんし、国会でウソをついた。そのことへの反省はなく、企業献金も旧統一教会問題も解決する必要はないと思っている。ウェーバーの言う悪い意味での「職業政治家」になってしまっている。

現在の党派の枠を超えた想像力や構想力を取り戻し、停滞する日本政治を抜け出す方途を探るべきだ。

加藤氏
立憲主義を守ってもらうことは最低条件だ。

杉田氏
本来の保守とは多様な考え方を前提に、話し合いを通じて合意して妥協するというものだ。高市政権のもとで持続不可能な経済政策や産業や学術の軍事化の流れが一層強まる心配がある。「スパイ防止法」への意欲もあり、こうした法律ができれば、報道機関や海外とつながりのある団体が根拠なくスパイ扱いされ人権状況が悪化しうる。
各政党は想像力を発揮し、新たな政治の枠組みを示して欲しい。