【童話】『ゆうくんの羽』 ― 夢の中で、あなたは誰かと繋がっていると感じたことはありませんか?
― 夏休みの昼下がりに、少年が見たひとときの夢。
それは、見えない優しさで世界中の子供たちが繋がっているような、温かい余韻の物語。
そっと覗いてみてください。

§ 1
夏休みの昼下がり、5歳のゆうくんは、近所の公園をひとりでふらふらと歩いていた。
セミの声がわんわんと響く中、目の前を真っ白な蝶々がふわふわと横切った。
「あ、ちょうちょ」
ゆうくんは夢中になって、その白い影を追いかけて走り出した。
走って、走って、生垣の角を曲がったとき、その蝶々がすぐ目の前に止まった。
(わあ、こんなに近くにいる)
そう思った時には、
ゆうくんの視界は、地面からずっと高いところに浮き上がっていた。
さっきまで追いかけていたはずの白い蝶々が、すぐ隣を並んで飛んでいる。
自分自身が軽い羽になって、風に乗ってふわふわ、ふわふわと近所の見慣れた路地を飛んでいた。
自分が蝶々になったことに、ゆうくんは驚かない。
ただ、体が軽くて気持ちよかった。
角のスーパーの前にさしかかったとき、見覚えのある自転車が見えた。
あ、お母さんだ。
お母さんはハンドルに買い物の袋を下げて、これから家に帰るところらしかった。
ゆうくんはうれしくなって、お母さんの目の前までふわふわと飛んでいって、鼻の先で小さく羽を震わせた。
「…おかあさん、あのね」
声は出なかったけれど、ゆうくんは精いっぱいはばたいた。
お母さんは自転車を止めて、目の前を舞う 2匹の白い蝶々をじっと見つめた。
そして、少し眩しそうに目を細めて、穏やかな声で呟いた。
「あ、蝶々ね。仲良く飛んで、どこへ行くのかしら」
その優しい顔を見ただけで、ゆうくんの心はぽかぽかと温かくなった。
ゆうくんはもう1匹の蝶々と並んで、お母さんの頭の上を大きく一回りすると、
夏の青空へ向かって、さらに高くふわふわと舞い上がっていった。
§ 2
「……ゆうくん、ゆうくん、起きなさい」
耳元で、さっきよりもずっとはっきりとしたお母さんの声が聞こえた。
はっとして目を開けると、そこはいつもの自分の部屋だった。
お腹にかけられたお気に入りのタオルケットを、お母さんが優しくパタパタと整えながら、ゆうくんを起こしているところだった。
「ほら、今ね、近所でアイスクリーム買ってきたから。溶けないうちに食べなさい」
ゆうくんは、まだ夢見心地のまま、ベッドの上にむくりと起き上がった。
そして、お母さんの顔をじっと見つめて言った。
「あ、お母さん。
今ね、自転車で買い物行ってたでしょう。
僕ね、ちょうちょになってたんだよ。
ちょうちょになってね、お母さんの周りを飛んでたんだよ」
お母さんは、買い物袋から少し冷たい結露のついたアイスクリームを取り出しながら、
「そう。お母さんのところへ、来てくれたのね」
ただそう言うと、
ふふっと微笑んで、ゆうくんの小さな頭を優しく、優しく、なでなでした。




あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
お母さんはゆうくんの話を、
ただ優しく「なでなで」と受け止めます。
そんな優しさ(場所)があるからこそ、
ゆうくんはどこまでも創造力の翼を広げて、
自由に空へとはばたくことができるのかも知れません。
子供にとって、自分を100%信じてくれる大人の存在は、
何よりの心の拠り所ですね。
さて、
ゆうくんのすぐ隣を並んで飛んでいた、
「もう1匹の白い蝶々」。
……もしかしたらあの瞬間、世界のどこか遠くの街で、
ゆうくんと同じようにタオルケットにくるまりながら、
同じ夢を見て、同じ青空へとはばたいていた「だれか」だったのかもしれませんね……。
夏の昼下がり、
見えない優しさで世界中の子供たちが繋がっているような、
そんな温かい余韻を感じていただけたら幸いです。
追記
実は、このような小さな童話(物語)は、noteを始めた初期の頃に2編ほどお届けしていました。
今回、約2ヶ月ぶりにこうして新しく3作目を紡ぎ、またこの優しい世界線に戻ってこられたことを嬉しく思います。
もし今回の雰囲気を気に入っていただけましたら、マガジンに大切に並べてある過去の2つの物語(ひみつ)も、そっと覗いてみてくださいね。
―― 次回作の、小さなお知らせ。
この優しい絵本の時間が閉じたあと、
ガラリと変わって……。
土曜日の夜には、少し毛色の違う「大人のための短編」をお届けします。
ただ、体温だけを確かめ合って眠る男と女の夜。
【新作短編】
『真昼のパンデミック』

今週の土曜日、夜に公開予定です。
どうぞ、お楽しみに……。
